Phase 01 消えた姉妹

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 それから、絢奈はビデオチャットの退席ボタンを押した。「ご利用ありがとうございました」という無機質なメッセージが、パソコンに表示されている。そして、そのままブラウザのバツボタンをクリックした。それで何かが浮かび上がるかと思えばそうでもなく、むしろ状況は悪化するばかりである。  ふと、ベッドの上に寝転んでみる。白い天井にLEDの照明器具が取り付けられている。元々は蛍光灯の照明器具だったのだけれど、壊れてしまったので大家さんに頼んで交換してもらったのを絢奈は覚えていた。 そういえば、『塗仏(ぬりぼとけ)の宴 宴の始末』を読みかけであることに気づいた絢奈は、ベッドの上でその本を読み始めた。京極夏彦の『百鬼夜行シリーズ』の第6作である『塗仏の宴』はあまりにも分厚すぎて2部構成になっている。前半が『宴の準備』で後半が『宴の始末』となっていて、登場する妖怪も当然異なっている。簡単なあらすじを説明すると、とある村の中に「くんほう様」と呼ばれる謎の生命体がいて、その村で発生した住民失踪事件を捜査するうちにとある怪しげな人物たちとそれにまつわる殺人事件が浮かび上がってくる。そして京極堂はこれらの事件を「塗仏の仕業」であると判断した。といった具合だろうか。登場人物の多さゆえにシリーズの中でも賛否が別れる作品ではあるが、絢奈は『魍魎(もうりょう)(はこ)』の次に気に入っていて、何度も読み返している。故にノベルスはヨレヨレの状態である。 「この小説って、城崎一家蒸発事件がベースなんだろうか。でも、城崎のあの民家に『くんほう様』のような存在がいるかと思えばそうでもないな。うーん、分かんないな」  スマホのサブスクからはhitomiの『there is...』が流れている。基本的に、絢奈は本を読む時はサブスクで適当な音楽を流す、もしくはFM802を垂れ流すことが多い。しかし、この時間帯のFM802は子供向け番組なので選択肢は実質サブスク一本である。 「『頭ん中で分かんなくなっちゃう 今の形を探してんだけど』か。確かに今の僕の状況とそっくりだな。まあ、『there is...』と『体温』は歪んだ恋愛ソングだと思っているけど」  曲が1番のサビに差し掛かった時だった。スマホに通知が入ってきた。 【兵庫県豊岡市で男性の焼死体が見つかる。一連の不審死事件との関連は調査中】  そんな馬鹿な。絢奈は急いで仁美のスマホに連絡を取ってみるが、中々繋がらない。やっと繋がったところで、仁美は声を発した。 「矢っ張り、絢奈さんは電話をかけてくると思っていました。ニュース速報では『一連の不審死事件との関連は調査中』となっていますが、これは間違いなく不審死事件の続きです。今、科学捜査班で遺体の身元を調査中ですが、恐らく間宮賢治さんで間違いないでしょう」 「本当か」 「本当です。恐らく、あと2時間程で鑑定結果が出るでしょう」  それから2時間経った後だった。再びスマホに通知が入ってきた。 【兵庫県豊岡市で発見された焼死体の身元は間宮賢治(58)であると判明。一連の連続不審死事件の関連死か】  ――その日から、絢奈は悪い意味で忙しくなった。
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