Phase 02 疑惑の死体

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 絢奈が『塗仏の宴 宴の始末』を読み終わったのは午前0時前だった。流石に635ページもあるノベルスを読むのは疲れるが、800ページを越える『鉄鼠(てっそ)(おり)』や『絡新婦(じょろうぐも)(ことわり)』、そして『邪魅(じゃみ)(しずく)』よりはマシだろうと思っていた。そして、絢奈は「あること」に気づいた。 「もしも、藤崎家の誰かが催眠術を使って間宮亜紀や間宮美和を殺害したとしたら?」  実際、『塗仏の宴』でキーポイントになるのは催眠術である。とある人物は催眠術、すなわちマインドコントロールによって相手を操っていたのである。最近問題になっている新興宗教の2世信者も、親はマインドコントロールによって洗脳されていることになる。 「こんな事考えるのも野暮かもしれないけど、仮に藤崎家がその手の宗教の教祖だとしたらどうなるのだろうか。適当な新興宗教を調べてみるか」  絢奈はパソコンで色々な新興宗教について検索した。生長の家、エホバの証人、統一教会、天理教、金光教、真如苑……。流石に創価学会と立正佼成会は絢奈の眼中に無かったので検索から除外した。 「これらの新興宗教がやっていることは紛れもなく催眠術、すなわちマインドコントロールだな。考えに近いのはオウム真理教なんだけど、あれは宗教団体というよりもテロリストだからなぁ。……待った。そういえば、京極夏彦の小説に『真言立川流(しんごんたちかわりゅう)』が登場する小説があったな。まあ、そんな事は考えたくないんだけど、万が一のことも考えて検索するか」  真言立川流。それは邪教として闇に葬られた密教である。教義の中に性交渉が含まれており、男性の精液と女性の愛液を混ぜた和合水と呼ばれるモノを髑髏本尊(どくろほんぞん)に塗りつけて、金箔を貼って曼荼羅(まんだら)を描いていくのである。それは(エロス)(タナトス)のメタファーでもあり、男女が一つの生命体になることによって悟りを開き、そして宇宙を知るといった具合である。しかし、最近発見された資料によると、「真言立川流」はむしろそういう教義を批判していた教団であり、「《彼の法》集団」が本当の名前なのではないかという意見もある。いずれにせよ、中世の日本においてそういう宗教が存在していたというのは紛れもない事実である。 「えーっと、これだな。『狂骨(きょうこつ)の夢』」  絢奈は『狂骨の夢』の適当なページを捲った。飽くまでも知りたかったのは「真言立川流」に関する話題である。 「見つけた。……ふむ。京極先生はこんな見解を示していたのか」 『狂骨の夢』自体はかなり古い小説なので、現在分かっている真言立川流、すなわち「彼の法」集団の資料としては乏しい部分もある。しかし、それらに関する簡単な資料としての『狂骨の夢』は大変有益なモノだった。 「よし。藤崎家が真言立川流を現代に復興させようとしている宗教家であると仮定して……後は家系図に当てはめていくか。祖父が藤崎正太郎。そして祖父が藤崎みどり。父親が藤崎勇次で母親が藤崎千尋だったな。考えるのはここまででいい。今は子供の事は関係ない」  絢奈は仁美から受け取った家系図に書き込みを行った。それから、色々と注釈も付け加えた。 「まあ、こんなもんでいいか」  完成した家系図から仮定すると、藤崎正太郎を教祖として、藤崎勇次と藤崎千尋は髑髏本尊を完成させるべく性交渉を行っていたことになる。それで授かった子供が藤崎亮、藤崎大輝、そして藤崎真理子であると合点はいく。結局のところ、教義にある「赤白二諦(せきびゃくにたい)」によって産み出されるモノは胎児、すなわち新しい生命である。仮に、藤崎亮が赤白二諦によって産み出された最初の子供だとしたら、彼は何らかの力を持っているのかもしれない。そういえば、藤崎亮の年齢は何歳だろうか。そう思った絢奈は一連の資料から年齢が書いてある所を探した。ちなみに間宮亜紀は35歳である。 「えーっと……あれ? 藤崎亮も35歳? そうしたら亜紀さんと同じ年齢になるな。でも、同級生だとしたらどこかで接点はあるはずなんだけどな。あるとしたら……中学校か。でも、今日はもう眠いや。明日調べよう。そうだ、仁美さんにメールを送らないと」
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