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「新垣麻衣……ここだ」
絢奈は、「新垣」と書かれた表札を確認して鍵を開けた。当然、こんな時間だと普通の人なら寝ている。
「新垣? あなたの名前は神無月ですよね?」
「そうだ。元々ここは僕の家だった。でも、神無月家の生き残りは僕と姉の麻衣だけだ。僕が芦屋へと引っ越すちょっと前に、麻衣が『どうせ家を手放すなら私に譲って欲しい』って言ってきたんだ。僕はもちろん二つ返事でオッケーと返事した。ちなみに結婚しているから名字は『新垣』に変わった。それだけの話だ」
絢奈は、家の中に入って、そのまま自分の部屋へと入った。
「とりあえず、仁美さんはベッドに寝かせてくれ。そのうち目を醒ます」
「分かりました」
鶴丸刑事は、仁美をベッドに寝かせて、そして藤崎家で発生した事例を含めた一連の事件の整理を始めた。
「とりあえず、現段階で分かっているのはこんな感じです。絢奈さんもご存知の通り、全ての事件の発端は間宮亜紀さんの入水自殺です。これはただの自殺として処理されましたが、2人目の被害者である間宮美和さんの自殺で『間宮家連続不審死事件』という名前に変わって、そして3人目の被害者である間宮賢治さんの焼殺事件、そして4人目の被害者である間宮由香さんの惨殺事件で事件は大きく動くことになりました。亜紀さんには藤崎亮という婚約者がいて、彼が犯人ではないかと疑われましたが、残念ながら亮さんは何者かに毒殺されました。さっき科学捜査班から連絡が入ってきたんですけど、亮さんの毒殺に使われた毒物は青酸カリで間違いないらしいです。どうも、コーヒーの中に数滴入っていたようです」
「なるほど。それにしても、仁美さんから送られた写真を見せてもらったけど、あの大広間というか仏間が事実だとすれば、藤崎家は真言立川流、もしくは『彼の法』集団の末裔で間違いない。この法具の写真をよく見てほしい」
「西田刑事から聞いたことがあるんですけど、これって確か五鈷杵っていう法具なんですよね。3つの割れ目と2つの割れ目を持っているから、五鈷杵という名前であると」
「そうだ。三鈷を男性、二鈷を女性に見立てて合わせることよって教義である『不二冥合』、すなわち男女の性行為を表現していたという。まあ、性行為を教義に入れていたが故に『邪教』として闇に葬られたんだけど」
「なるほどなぁ」
「まあ、京極夏彦の小説を読んでいたらこれぐらい常識だ」
「ですよね。この事件が解決したら僕も一回読み直そうかなぁ……でも古本屋で売っちゃったしなぁ」
「大丈夫。僕の家にありますから、読みに来て下さい。それに、仁美さんに話したら多分貸してくれると思いますよ?」
「もしかして、仁美ちゃんとは京極夏彦オタクという関係だったの!?」
「まあ、今の言葉で言うならそうなりますね。仁美さんとは別の事件で情報提供者として接触するようになって、そこから京極夏彦の話になった。それ以来の仲だ」
「へぇ……そういうこともあるんですねぇ」
「そういえば、君の名前を聞いていなかった。名前を教えて欲しい」
「あぁ、申し遅れました。僕は兵庫県警捜査一課の鶴丸龍巳と言います。まあ、仁美ちゃんの先輩刑事に当たるんですけど」
「鶴丸龍巳ですか。『たっちゃん』と呼ばせてもらってよろしいでしょうか?」
「た、たっちゃん!?」
「あぁ、冗談だ。今年大活躍だったからな、たっちゃん」
「あー、野球選手ですね。確かヌートバーって名前だったような気がします。なんか阪神タイガースに来るとか来ないとかって噂です。噂はともかく、こういう名前だから僕って一時期『たっちゃん』って呼ばれることが多かったんですよね。まあ、正直恥ずかしかったんですけど」
絢奈と鶴丸刑事が無駄話をしている時だった。
「うにゃー……」
仁美が、目を醒ました。どうやら、彼女はよだれを垂らして眠っていたようだ。
「あっ、仁美ちゃん」
「仁美さん、意識戻ったんですか」
「アレ? ここはどこ? 私は確かスタンガンを当てられて意識を失って……絢奈ちゃん!? わざわざ豊岡まで来たの!?」
「ああ、なんとなく今回の事件の全貌が分かったからな。僕の見立てが正しければ、次に狙われるのは恐らく間宮光雄だ」
「光雄さんって、亜紀さんの祖父に当たりますね」
「まあ、今日はもう遅い。明日、もう一度間宮家に向かうぞ!」
「分かりましたッ!」
こうして、絢奈たちは仮眠を取ることにした。そして、3人にとって長い1日が、もうすぐ始まろうとしていた。
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