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「相変わらず、記憶力は良いんですね」
「君の……せいで……僕は……息が……苦しい……」
絢奈は、胸を抑えてその場に蹲った。大輝の魔性の笑みのせいなのか、過去の記憶がフラッシュバックして、そのまま過呼吸に襲われたのだ。絢奈の心臓の鼓動が、ヘビーメタルのドラムのように脈を打つ。
「神無月さん。君の苦しむ顔が、僕は好きなんです」
「はぁ……はぁ……それは……趣味が悪いな……」
「君が虐められているのは、当然僕も知っていました。その度にトイレで自傷行為を行っていたのを見て、僕はこっそり自慰行為をしていました」
「ど……どうしてだ……」
「僕は、そういうのに性的な快楽を覚えるんです。なんというか、昔から、猟奇的なモノに惹かれるんです。所謂リョナですね」
「だから……間宮家の人間を……皆殺しにしたのか……」
「そうですね。お兄さんが亜紀さんと結婚するというところまでは良かったんですけど、間宮家側からの条件はお兄さんが間宮家に婿入りすることでした。僕は、それが赦せなかったんです。そして、僕はあることを閃いた」
「もしかして……亜紀さんの自殺を唆したのも……大輝くんだったのか……」
「その通り。元々結婚前からお兄さんと肉体関係を結んでいた亜紀さんに対して、頭蓋骨と金箔を手渡したんです。もちろん、『性交渉の時に黄金の髑髏を作るように』と言って。亜紀さんは乗り気じゃなかったんですけど、お兄さんは積極的に黄金髑髏を作ろうとしていました。僕と血縁関係を結んでいるから当然ですね。でも、僕たちの家族が信仰していた宗教は120回性交渉をして、そこから産み出された和合水を頭蓋骨に塗って、金箔を貼り付けるというものでした。当然、性交渉のどこかで亜紀さんは妊娠しているはずです」
「亮さんが……亜紀さんに対して……やったことは……強姦と……対して……変わらない……じゃないか……」
「そうですね。亜紀さんは犯されたショックで入水自殺を図りました。恐らく、妊娠が発覚したのでしょう」
「ひ……酷いな……」
絢奈の呼吸が、段々と荒くなる。そして、あの『幻覚』がまた見えた。複数の裸の男女が脈を打つように交わって、真言が鳴り響いている。『幻覚』の中の大輝は、黄金髑髏を持っている。当然、現の大輝は黄金髑髏を持っていないのだけれど。
心臓の鼓動と同調するようにリストカットの痕が痛む中で、絢奈は話を続けた。
「どうして……無関係の……間宮家を……巻き込んだんだ……」
「人を殺すことに性的な快感を覚えたからだよ。人を殺すことって、こんなに気持ちいいんだって思ったよ。美和さんは、僕がロープで首を絞めた。美和さんは生理前症候群で頭痛を訴えていたから、僕は頭痛薬を美和さんにあげたんだ。ほら、頭痛薬は副作用で眠くなるからね。美和さんがぐっすり眠った所を狙って、僕が首を絞めた。そして、そのまま鴨居に括り付けて、自殺に見せかけたんだ。賢治さんはガソリンを撒いて焼き殺した。ちょうど髑髏本尊用の頭蓋骨を切らしていたからね。でも、焼死体は警察に回収されてしまった。これは僕のミスだ。由香さんは中華包丁で首を斬り落とした。間宮家の人間を殺す中で、一番快楽を覚えたかな。首は警察に見つからないように庭の井戸に入れたんだけど、これも警察に回収されてしまった。そこで、僕はあることを思いついたんだ」
「それが……あの隠し部屋に……光雄さんと幸子さんの首を……隠すことだったのか……」
「そうだ。僕の家はからくり職人の家系でもあるからね。この洋館は、1890年代後半に作られた洋館で、北但大震災や空襲、そして阪神大震災をも生き抜いた。まさに、この洋館は『生ける伝説』なんだ。もちろん、隠し部屋のスイッチは神無月さんも知っていますよね」
「はぁ……はぁ……」
「苦しめ。もっと苦しめッ!」
絢奈の荒い息遣いが鳴り響く中で、仁美が一喝した。
「大輝さん、いい加減にしてください! あなたがやっていることは、紛れもなく死刑です!」
「や……やめろ……これ以上……大輝くんを挑発するな……大輝くんは……もう……普通の人間じゃない……」
「まあ、刑事さんに言われるとそうなりますよね。でも、仮に僕が刑事さんを殺したとしたら?」
「に、西田刑事ッ! 危ないッ!」
乾いた銃声が、辺りに鳴り響く。銃弾が、仁美の背中をめがけて発射された。
「どうせ……死ぬなら……僕が……死んだほうが……いいだろ……」
「あ、絢奈さん?」
絢奈は、庇うようにして仁美に抱きついた。そして、銃弾は絢奈の背中を貫いた。
「絢奈さん……」
「僕はもう十分生きた。後は、仁美さんの好きにすれば良い」
仁美は、段々と遅くなる絢奈の心臓の鼓動を聴いていた。
「そ、そんな……」
――ドクン。
絢奈は、完全に心臓の鼓動が停止した。
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