Phase 05 真冬の夜の追憶

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「ここは、病院か。僕は、生きているのか?」  絢奈は、自分が生きていることに対して実感が湧かなかった。辛うじて、心電図が鳴っていることで自分の心臓の鼓動が動いている事を察知した。心拍数は、70から80の間を行ったり来たりしていた。つまり、絢奈の心臓は安静状態である。ベッドの隣では、仁美が眠っている。仁美の額には、包帯が巻かれている。どこかで頭を怪我したのだろうと絢奈は思った。 「それにしても、厭な夢だな。今でもあの時の夢を見ることが多い。それだけ、子供の頃に処女を喪ったのが尾を引いているのか」  絢奈が処女を喪ったのは、14歳の時である。もちろん、処女を喪った原因は藤崎大輝にあるのだけれど。藤崎大輝に犯されてから、絢奈は他の男子生徒から「ヤリマン」として虐められるようになった。その時に絢奈を庇っていたのが、他の誰でもない西澤沙織だったのだ。恐らく、彼女がいなければ絢奈はとっくにこの世にいなかっただろう。    テーブルの上に、果物やお菓子といったお見舞いの品が置かれていた。恐らく、鶴丸刑事の差し入れだろう。 「とりあえず、リンゴでも頂くか」  そう言いながら、絢奈は、赤いリンゴを頬張った。 「最近、フルーツ食べてなかったな。丁度いいや。それにしても、僕が眠っている間に年が明けたのか。今は、何日だ」  絢奈は、テレビの電源を点けた。テレビには、箱根駅伝の映像が映っていた。 「箱根から東京に戻るルートか。じゃあ、今日は1月3日だな。僕が撃たれたのがクリスマスだと仮定して……1週間程度は寝ていたことになるのか」  そんな事を思っている時に、仁美が目を醒ました。 「あっ、絢奈ちゃん。目を醒ましたんですね」 「ああ。よく寝た」 「中々目を醒まさなかったから、心配しましたよ。まあ、心電図はずっと動いていたから大丈夫だと思っていましたけど」 「それで、天皇杯はどっちが勝ったんだ」 「ビクトリア神戸ですよ」 「マジか」 「すごい試合だったんですから。相手が川崎フロンティアーレだったのもあるんですけど」 「ああ、僕が撃たれる前に勝ち残っていたのがビクトリア神戸と川崎フロンティアーレとサンブレイズ広島、そしてアビスタ福岡の4チームだったのは覚えている。そこからどうなったんだ」 「ビクトリアが大武選手のハットトリックなら、フロンティアーレはプレミアリーグから帰ってきた二笘選手のすごいゴールがあって……3対2でビクトリア神戸が勝ちました! 病室もすごい盛り上がりだったんですから」 「そうか……見たかったな。どうして僕は昏睡状態だったんだ……」 「多分、疲れてたんじゃないんですか? 色々ありましたし」 「まあ、そうだな」  この1ヶ月、「間宮家連続不審死事件」、改め「間宮家一家虐殺事件」の影響で世間は暗い状態だった。あの紅白歌合戦ですら自粛ムードだったのだから、いかにこの事件がセンセーショナルかつ世間に衝撃を与えたのかは、計り知れない。結局の所、犯人の殺害の動機は「兄が婿入りしたことによる嫉妬」であった。豊岡にはマスコミや野次馬が多数押し寄せ、田舎町は悪い意味で「凶悪事件が発生した街」としてピックアップされるようになってしまった。結局、マスコミによる「間宮家一家虐殺事件」の報道は2月ぐらいまで続いた。
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