Phase 01 消えた姉妹

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「美和ちゃん、このお金で家のローンを返済できるわね」 「確かに、そうだけど……。私にも少しは残るかしら」 「きっと残るわよ」  そんな由香の言葉も虚しく、美和の勝利給は丸々家のローンの返済に使われてしまった。 「結局私には何も残らなかったじゃないの! かと言ってお姉ちゃんは仕事する気がないし」 「大丈夫。亜紀ちゃんはちゃんと仕事してるわよ」 「アレのどこが仕事なのよッ! 確かに小説家を夢見る事は悪くないけれども、いくらなんでもお姉ちゃんだからって甘やかしすぎよッ! せめてコンビニのバイトをするようにってお姉ちゃんに言ってよ」 「美和ちゃん、ごめんね。亜紀ちゃんはああ見えて繊細な子だから、あまり責めることは出来ないのよ」 「もういい! 私が直接言うわ!」  そう言って、美和は亜紀の部屋のドアをノックした。創作中の亜紀は引きこもっているのでノックしても反応しない事が多い。しかし、ある一定のリズムでノックすると反応するのだ。  ――コン、コ、コ、コン。  美和は『笑っていいとも!』におけるタモリの拍手のようにドアをノックした。中から、ヨレヨレの黒いジャージを着て、気だるい顔をした亜紀が出てきた。亜紀は低い声で美和に話しかけた。 「美和、どうしたのよ」 「お姉ちゃんに相談したいことがあって……」 「何よ」 「お姉ちゃんは、定職に就く気はあるの?」 「残念だけど、そんな気なんてないわよ。私にとっては小説を書くことだけが生きがいなんだから」 「それなら、せめて近くにあるコンビニのバイトとかは考えてないの?」 「考えてないわね。そもそも、私って発達障害って診断されてから豊岡での就業先を殆ど失ったわ。自動車免許必須の職場が多すぎるのに、私は車の運転が出来ないからね。神戸に出ることも考えたけど、『一人暮らしに不安があるから』って理由で両親に反対されたわ。だからこうやって引きこもって小説を書いてるの。それの何が悪いのよ」 「そうだよね。お姉ちゃんはお姉ちゃんで私とは違うよね。私、ちょっと頭に血が上っていたのかも」 「急にどうしたのよ」 「ううん、何でもない。忘れて」 「そう? だったらいいけど」  それから、美和は亜紀と一緒のベッドで寝ることにした。美和は、亜紀の心臓の鼓動を聞きながら眠っていた。 「お姉ちゃんの心臓って、とても温かみのある音がする。なんというか、心が落ち着きそう」 「?」 「そうね……生きている音って、こんな音だったんだって思って。私、仕事柄自分の心臓の鼓動を聴くことが多いんだけど、何か生き急いでいるような気がしてね。だから、心臓の鼓動の音が嫌いだったの。でも、お姉ちゃんの心臓の鼓動の音は聴いていて落ち着くの」 「そう。まあ、勝手にしてくれたらいいけど」 そんな亜紀に対して藤崎亮との婚約話が入ってきたのは、姉妹が20年振りに仲良くベッドで眠った日の翌日のことだった。
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