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あやさんへの違和感
二月下旬。あやさんとスタバで女子会をすることになった。坪山さんの二股の話はあやさんが気づくまで黙っていた方がいいのか、それとも話すべきか。私はちょっと悩んでいた。
余計なことは言わない方がいい。もしかしてあやさんが大逆転するかもしれない。坪山さんの二股がバレて、結婚が決まってる彼女とあやさんの両方から振られることもあり得る。
坪山さんの二股は喋らないと決めてU市東部にあるショッピングモール内のスタバに行く。あやさんが新しいスタバのケーキを食べたいと言うので、またスタバですか?と言いたいのを我慢して、待ち合わせ時間五分前にスタバの入り口前で、あやさんに「着きました」LINEを入れる。あやさんは五分遅れで、ごめんねと言いながらアパレルショップの前を小走りで駆けながら現れた。
あやさんは新作のラズベリーとストロベリーのタルトを満足そうに食べながら、また恋バナを始める。
「あのね、坪山さんとはすぐ終わっちゃった。何て言うのかな~ジェネレーションギャップと、二人で会ってるときも仕事モードが抜けないっていうかさ。恋愛してるんじゃなくて、私の世話を焼きたいだけみたいな。つまんないなって思ってたときに、タイミング良くね。バイト先の雑貨屋の隣にあるカー用品店の人と知り合いになったの。駐車場が雑貨屋と隣合わせだから、元々お疲れ様ですとかの挨拶はするんだよ。で、隣で整備士として働いてるイケメンに、ご飯行きませんかって言われて。隠れ家的なイタリアンに連れて行って貰ったの。お店選びも上手い、ソファ席にエスコートしてくれる。トイレに行ってる合間に会計済み。もうこれは乗り換えるしかないなって。バレンタインもデートしてチョコ用意したんだけど、逆バレンタインのチョコまで準備してて。もう坪山さんはどうでもよくなった。見て、イケメンでしょ?」
あやさんが見せてくれたスマホの画面には、人気アイドルグループの、最近和風ファンタジー映画の主演をやった男の子にそっくりな男性がいる。あやさんの彼氏は金髪だけど、映画みたいな銀髪にしたら瓜二つかも。
「アイス・シャイニングの黒原君にそっくり!あやさんの気持ちわかります。このレベルのイケメンはSSレア級ですよ」
あやさんも満足気に微笑む。
「でしょ。銀髪にしてあの映画みたく髪を伸ばしてって言ったら、似てないよあんなにカッコ良くないって照れるの。3歳年上だから上過ぎず下過ぎず、年齢もちょうどいいし」
坪山さんに飽きて、ネットゲームのガチャガチャに例えるならSSRのイケメンをサクッと捕まえる、あやさん。肉食女子を通り越して、狩猟女子だ。でも、少し変だ。あやさんの恋バナに付き物の、「やっぱり~な男はダメ、○○がない」構文で、別れた坪山さんをジャッジしていない。人の癖はなかなか変わらないもので、新しい彼氏がSSRのイケメンなら、坪山さんをこき下ろすはずなのに。
あやさんの新しいイケメン彼氏の話は、聞いていると情景が浮かぶ。歴代元彼の、年上の人、東京生まれの人、年下の人、この三人も話を聞いているとやはり情景が浮かんだ。でも、前回の坪山さんのときだけは情景が浮かばなかった。それは私も坪山さんが好きだからショックで浮かばなかったのではなく、あやさんが語るエピソードは、具体性が乏しかったからだと気づいた。
私は、あやさんが新しいアイドルそっくりの彼氏の話を一通り終えた後に、ブラフをかけてみた。
「あのね、あやさん。『アート・ルーズリーフ』の利用者さん仲間のある人から聞いた話ですだけど、あやさんは坪山さんにコクって振られたから作業所を辞めたなんて言ってましたよ。あやさんのネイルが売れて妬ましいからっていくらなんでも酷い嘘ですよね?」
あやさんの頬がひくつき、眉間に皺が寄る。スタバの新商品のコーラ・フラペチーノを一口飲んでから、息を整えてから話し始める。
「ああ、江口さん辺りかな。あの人は人の悪口と人の不幸を吹聴するのが生き甲斐だから。でも、嘘じゃなくて本当。坪山さんにはさ、たとえ元利用者であっても利用者とは倫理上付き合えないって振られた。作業所を辞めてバイトを決めて働き始めてからコクった。振られてから辞めた訳じゃないけど。唯花ちゃん、ごめんね。かなり坪山さんのことはいいなって思ってたから、振られたって言いたくなくて。嘘ついてた。でも、もうどうでもいい。アイス・シャイニングの黒原君そっくりの彼がいるもん。坪山さんなんて綺麗さっぱり忘れた」
あやさんは、新しい彼氏とお揃いのペアリングを撫でながら上機嫌。あやさんの余計は嘘のせいで、私がどれだけ苦しんだと思ってるの?でも、坪山さんには、どっちみち結婚が決まってる大学時代からの彼女がいる。その上、あやさんが脱落しても、「元でも利用者とは倫理上付き合えない」、坪山さんの生真面目な考えがある限り、私も坪山さんと付き合うのは無理だ。
あやさんの嘘に振り回されたけど、自分がコクって傷つかないで済んだし、坪山さんのポリシーも知れた。結婚が決まってるのに、二股をかけるような、だらしないサイテー男じゃなくて良かった。
「唯花ちゃんは好きな人いないの?」
あやさんの不意打ちの質問で、飲みかけのカフェラテでむせそうになる。私は密かに坪山さんが好きだったことを隠して、推しの話で誤魔化してみる。
「それがいないんですよね。アイス・シャイニングの久米川君は好きですけど、推しというだけ…。コンサートも人混みが凄まじいから、具合が悪くなりそうで行けないし…」
私の推し活の悩みをあやさんは、相槌を打って聞きつつも強烈な一言を放った。
「推しは別腹のデザートくらいに考えないと、現実の男とどんどん縁遠くなるから気をつけてね。あっという間にオバサンだよ、意地悪お局の江口さんみたいな」
冷や汗が垂れる。推し活に夢中になっている間に、人の悪口と不幸が大好きな江口さんみたいなオバサンになる自分を想像して。
「き、気をつけます…。いいなぁ、あやさんは。アイス・シャイニングの黒原君そっくりの彼氏で。久米川君に似てる人がどこかにいたらいいのに」
あやさんは、微笑みながらスタバの紙ナプキンにボールペンで何かを書いてる。
「大学生になるんでしょ、大学デビューでいい男を見つけなよ。上手くいく恋愛には『4つの近さ』があるんだって。1.価値観、2.経済観念、3.距離感、4.知的レベル。この4つが近い人とは長く続くんだって。価値観が似てて、お金の使い方や考え方が似てて、自分の時間と二人の時間の割り振りの配分が似てる。そして、知的レベルが同じくらいだと会話が楽しい。これ、雑誌を立ち読みしたら、記事に載ってた受け売りだけどね。かなり的を得てると思うな」
「なるほど。でも、大学も通信だから出会いは無理かも。バイトでもまた始めれば、出会いがあるかもしれませんね」
「そうだよ、夢も恋も幸せも待つんじゃなくて自分で探し出すの。バウンティ・ハンターになったつもりで、賞金首を捕まえるように」
やっぱりあやさんは肉食女子を越えた狩猟女子だ…。馬に股がり荒野を駆け巡る、西部劇のカウボーイの格好をしたあやさんが浮かぶ。私もいつかちゃんとした恋愛が出来るといいな。
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