捕らぬ狸のホワイトデー

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捕らぬ狸のホワイトデー

 バレンタインのお返しは要らないなんて、言わなければ良かったなぁ。坪山さんが二股男だと早とちりして、ビジネスライクに「お世話になってるお礼」と強調してしまった。もし、あんな風に言わなければ…。お返しのリクエストが欲しいって坪山さんは言ってくれたのに。でも、どっちみち結婚が決まってる彼女いるし、ホワイトデーに何か貰ったら、想いを断ち切れなくなりそう。  もしかすると彼女へのクリスマスプレゼントでブレスレットを選ぶのに、数珠のようなパワーストーンにして彼女に怒られたっていうあの話…。本当だったのかもしれない。でも、彼女と仲直りしたって言ってたし付け入る隙なんて無さそう。  気持ちを切り替えるために、坪山さんに委託販売をお願いしてる紙モノ文具の下絵を描く。卒業・入学シーズンの次は、母の日、父の日かな。カーネーションや薔薇のイラストを色鉛筆で描いていく。メッセージカードや、フレークシールは、自宅にあるプリンターと、カッター、定規、ラベル専用用紙で手軽に作れる。お絵かきアプリの色鉛筆タッチで描くことも出来るけど、アナログ画材を使って、画像で取り込んだ方が修正がしやすいし、レトロ感と手書き感が出る。  納品分を作り上げて、坪山さんに仕事の用件としてLINEを送る。 「お疲れ様です。5・6月用に母の日と父の日のグリーティングカードを作りました。坪山さんの都合がいいときに納品したいのでよろしくお願いします」 翌朝坪山さんからLINEの返信があった。寝落ちして気がつかなかった。 「3/9か3/13のお昼休みでどうかな?この間の西口タリーズで。年度末で忙しいけどお昼休みなら大丈夫だから。野島さんは元気?大学進学おめでとう」 おめでとうの最後に桜の絵文字が入っていた。絵文字が桜じゃなくハートだったらいいのに。まだちょっと、いやかなり片思いを引きずってる。あやさんの嘘が発覚して、坪山さんはだらしない二股男じゃないと知った。結婚が決まってる長年の彼女がいるという現実を喉元に突き付けられても、燻る煙のような、線香花火から弾ける小さな火花のような、残り火。物思いの耽らないようにLINEを返す。 「3/13でお願いします。3/9は高校の友達と会う約束をしているのですみません」  本当は高校の友達との約束は別の日だ。要らないと言ってしまったから無理だけど、ホワイトデーに一番近い3/13が良かった。何も貰えなくても、坪山さんの笑顔が見たい。また、作業所の仕事着のフリースの中にポロシャツ、チノパンで来ると分かっていても。 「3/13ね、ヨシ!」 坪山さんは現場猫の指差し画像を一緒に送ってくれた。私も現場猫の画像をネットで探して、 「3/13の昼休みにタリーズでヨシ!」 と、親子二匹の現場猫が一緒にヨシ!をしてる画像を貼り付けた。  
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