鉢合わせ

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鉢合わせ

 酒井君とスタバで自習していると、近くの席からカップルの喧嘩する声が聞こえてきた。 「もう無理、なんで親の言いなりなの!?」 「せっかく格安で借りられるんだから住む場所は別に親の所有物件でいいと思うけど…同居する訳じゃないし、県央だから実家からも遠いし何が不満なの?」 坪山さんの声がする。ということは怒ってるのは結婚する彼女。 「少しくらい手狭でも自分達で決めたいのに」 「いや、その考えは合理的じゃない。住空間は大切だよ。広くて安い、断熱性は高い方が冷暖房の効率がいい。持ち家の頭金を貯めるのに妥協はしたくない」 「そんなに合理性や効率を重視するならもう結婚自体止めよう、馬鹿馬鹿しくなってきた!」 彼女さんは怒って席を立ってお店から出て行ってしまった。坪山さんは慌てて追い掛ける訳でもなく、溜め息をついて残ったコーヒーを飲み干して呟いていた。 「勤め人と違って経営者は収入が安定しないから、少しでも切り詰めて堅実に暮らしたいのになんでわかってくれないんだよ…」 私と酒井君の座る席からは座っていると死角になって見えない。落としたシャーペンを拾うフリをして立ち上がって確認すると、やっぱり坪山さんだった。 そそくさと座り直してレポートを書く。でも、全然勉強に集中出来ない。 (結婚の話なのに、いきなり生活の現実を突き付けたら、そりゃ彼女さんも怒るよね…。鈍いなぁ、もう。女心全然わかってないじゃん) (このままフラれればいいのに、坪山さんがフリーになるチャンスだね) 悪魔が囁く。 (人の不幸を願うなんてダメ、二人はマリッジブルーに陥ってるだけ) 天使が囁く。 (坪山さんよりも目の前の酒井君を狙う方が現実的だよね?年齢も近いし、共通点も多い) 天使と悪魔の真ん中で右往左往していたもう一人の私が囁く。 「野島さん、勉強に疲れた?なんかぼんやりしてるよ。そろそろ今日は切り上げようか?」 酒井君が気を遣ってくれる。 「うん、そうだね。レポートも切りがいいところまで進んだし。酒井君は?」 「俺も結構書けて進んだ。この後暇?新しい音ゲーが入ったからゲーセンに行きたいんだ。野島さん音ゲー興味ある?」 「音ゲー?太鼓のやつとか?」 「そうそう、そんな感じ。二人プレイ出来るタイプのゲームだから一緒にやってみない?」 「あまりやったことないけど、楽しそう」 「じゃあ、ゲーセン行こうか。」  酒井君は席を立つとさりげなくとても自然に手を繋いで来た。 えっ?…人が多いからはぐれないようにするため…だよね?ゲーセンの場所を私はよく知らないから。ドキドキしながらショッピングモールの中を歩いていく。
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