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次の約束
音ゲーに四苦八苦しながら、酒井君に教えてもらいながら楽しんだ。酒井君がプリクラを撮ろうというので、照れながらプリクラを撮る。
「次さ、自習が終わった後は野島さんが行きたい所で遊ぼうよ。今日は音ゲーに付き合って貰ったから。それと…もし良かったら、その…俺と…付き合ってください」
突然の告白に戸惑いながらも、小さく頷いている自分がいた。坪山さんと坪山さんの彼女はどうせただのマリッジブルーだからすぐに仲直りしそう。
「わ…私で良かったら…お願いします」
消え入りそうなほど小さな声はゲーセンの音に紛れてしまいそう。
「ありがとう、フラれたらバイトで気まずいからどうしようと思ってた。よかったー!」
酒井君は心底ほっとした顔をして喜んでいた。これで…いいんだよね?同い年だし、通信の大学で環境も似てるし、話も合う。付き合うにはもってこいの相手。でも、なぜか寂しそうにコーヒーを飲み干していた、坪山さんの影がちらついてしまう。
酒井君と次に会う約束をして、家に帰る途中の道すがら、私のスマホにあやさんから着信があった。
「あのさ、今電話いいかな?」
電話の向こうのあやさんは深刻そうな声をしていた。
「大丈夫ですよ、元気がないみたいですが何かあったんですか?」
「うん…。新しい彼氏と出掛けたんだけど、朝起きたら財布からお金が全部抜かれてた。泊まってた所の支払いは盗んだお金でしてくれたんだけど、家に帰るバス代がないの。タクシーを呼んで家まで頼む手もあるけどタクシーだと高いからバス代貸してもらいたいんだ…」
「ええ!?窃盗じゃないですか、それ!被害届は?」
「いや、もう…そんな気力ない。家に帰ればお金あるからバス代貸してほしい」
「バス代貸しますよ。今どこですか?」
「駅西口前のビジホ。私の所に来るまでの交通費も払うからお願い」
「いや、そこまで気にしなくていいです。すぐに行きますから。待ち合わせは駅西口の改札前でいいですか?」
「JRの改札前で。ごめんね、ありがとう」
あやさんはアイドル似のイケメン彼氏を捕まえて、幸せそうだったのに。泥棒だったなんて…。あやさんの勤め先の雑貨屋の隣のカー用品店で整備士をしている彼氏さん。まさか職場からも消えた?家は実家なのか一人暮らしなのか…。あやさんのお金を財布から盗むくらいだから、もし一人暮らしなら夜逃げしてそう。
私の嫌な予感は、ほぼほぼ当たりだった。あやさんにバス代を貸して、あやさんの家でバス代を返して貰った。要らないと言っても、迎えに行くときと私の帰りのバス代を渡してくれたあやさん。後日あやさんが彼の家に行くともぬけの殻、職場もバックレで辞めていた。
「とんでもない男を捕まえちゃった。クレカやキャッシュカードは無事だったけど。職場の同僚とか先輩からもお昼ご飯代借りて返さないままだったみたい。気前よく奢ってくれるからまさかこんなことになるなんて想定外。職場も隣で仕事もわかってたから油断したわ」
「いや、彼氏と泊まり掛けで遊びに行って、お財布のお金を盗まれるなんて普通は想定しないですよ。職場がわかってると身元がある程度わかる安心感もありますから」
「だよね。だけど、よくよく考えてみると生活も派手だったし、欲しいものはすぐ買っちゃうし、あのカー用品店のお給料以上に使ってた気がする。実家がお金持ちで親からお小遣いでも貰ってるのかな程度に考えてた」
「私があやさんの立場でも、実家の親からお小遣い貰ってるんだろうくらいに思いますよ。まさか急にいなくなるなんて想像も出来ません」
「はぁ…。こうなったら、新しい男を探そう。今度は財布のお金やキャッシュカードとクレカに気をつけるよ」
「あやさんのめげない姿勢と不屈の闘志、尊敬します。私だったら男性不信になりそう」
「ハズレを引いたままじゃ終われないでしょ、不運の次は幸運がやってくると信じてさ」
あやさんは懲りずに恋多き女を続けるようだ。
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