ピリオドとアスタリスク

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ピリオドとアスタリスク

 結局、坪山さんはあの彼女さんと結婚したようだ。辞めてからも連絡を取っている、B型作業所「アート・ルーズリーフ」の仲間から、坪山さんの結婚話が聞こえてきた。グループLINEが賑やかだ。 「坪山さんが色鮮やかなお弁当持ってきててね、いつもコンビニご飯か、ラップに包んだおにぎりだったのに。桜でんぶでハートが!」 「坪山さんは慌ててお弁当箱の蓋で隠したけど、もう遅かった。みんなに冷やかされて」 「へー、そうなんですね」 平静を装ってグループLINEに合いの手を入れた。私は酒井君と順調に付き合っている。バイト先が一緒だけれど、バイト先でからかわれるから職場の皆には内緒で付き合うことにした。だから、別に坪山さんが新婚で、お弁当に桜でんぶのハートがあってもどうでもいい。  どうでも…いい…はずなのに。ピリオドはちゃんと打ったはずなのに、心が痛い。ピリオドの後にアスタリスクが点滅して輝く。 *まだ、あなたが少しだけ好きです* *いつか忘れられるでしょうか* *生まれ変わりがもしもあるとしたら、今度はもう少し年齢も環境も近くがいい* *そして、あなたと愛し合える世界線があるならそこに生まれ変わりたい…* .*.*.*.*…。ピリオドとアスタリスクの連なりは、まるでリグレットの花が水色の涙の露に濡れて咲く花畑。私の心から消えないピリオドとアスタリスクの群れは、いつ消えてくれるのだろうか。 「ゆいちゃん、花火綺麗だね」  酒井君と来ている鬼怒川の花火大会。浴衣姿の私は、「うん、すごく綺麗」と、とびっきりの笑顔を酒井君に見せながら、心のどこかで坪山さんの事を思い出していた。 酒井君の私の呼び方が野島さんからゆいちゃんに変わって、初めてのキスもした。なのに、真夏の陽炎や逃げ水のように、坪山さんと過ごした何気ない日々を思い起こしてしまう。 真夏の夜空を彩る大輪の花火のように、一瞬だけ咲いて散れるような恋だったら良かったのに。咲く前に枯れてしまった花は行き場を無くして、伝える前に終わった恋も行き場を無くして、時間という風が少しずつ残り香を吹き飛ばしてくれるのをただ待つばかりだ。
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