屁理屈

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屁理屈

 B型作業所「アート・ルーズリーフ」を辞めてアルバイトを探すと坪山さんに伝えた。理由も正直に話して。すると坪山さんは秘策を伝授してくれた。 「あのね、『アート・ルーズリーフ』の他に、委託販売のネットショップも別にやってるんだ。そこに出品し続けて、アルバイトは週一か週二くらいでゆっくり始めた方がいいと思う。主治医の先生に話しても、いきなり週何日も長時間働くのは止められそうだよね、野島さん。それで、委託販売の方で保険を掛ける。野島さんのお母さんが出した条件は『卒業までアルバイトを続ける』、つまり業種業態収入額にまでは言及していない。普通のアルバイトがもしも続かなくても、委託販売を続ければそれも立派なアルバイト。探したアルバイトを絶対辞められないって変なプレッシャーがかかると上手くいくものもいかなくなる。どうかな?」 坪山さんの頭の回転の速さは、屁理屈が得意なネットで有名なある男性を思い出す。 「坪山さんって、ちょっと『かつとし』っぽい所ありますよね。なんだろう、理屈を人を苛立たせる方に使うのが『かつとし』で、人をリラックスさせる方に使うのが坪山さん」 坪山さんは得意気に笑う。 「うん、ときどき似てるって言われるよ。『かつとし』の生き別れた弟なんだって言うとウケるんだよね、ネタとして。そうだ。委託販売の契約書は、18歳以上だから保護者の承諾なしでいいんだけど、野島さんのお父さんには目を通して貰っておいた方がいいと思う。お父さんなら理解してくれそうだよね、話を聞いた感じだと。無理のない範囲で絵も続けてほしい」 「はい、伝えます。実は父はこっそり言ってくれたんです。もし普通のアルバイトが続かなくても母さんはなんとか説得するからと。でも、母だって考えなしに条件を出してる訳じゃない。だから、私…ちょっとだけ頑張ってみようと思います。坪山さんの秘策と父の奥の手はどうしてもダメだったときのお守りだと思って」 私は照れ笑いしながらも、真剣に語った。 「野島さんは変わったよ、良い意味で。夢を見つけて迷いが無くなった。夢の船は邁進するのみ、航路ヨシ、風速ヨシ、波の高さもヨシ!」 坪山さんの指差し確認は現場猫を思い出す。 「坪山さん、それだと確認作業を疎かにした絶対にダメなヨシになってますから止めてください。夢破れるパターンがちらつきますって」 私がケタケタと笑うと坪山さんは真顔で言う。 「若い頃はね、無鉄砲なくらいで丁度いいんだよ。石橋を叩いて渡るんじゃなくて、石橋を爆破したり、空を飛べる魔法が使えると思って走り抜けるのさ」 「中二病ですね、完全に」 「そう。中二病の魔法が解ける前に駆け上がるんだよ、夢に向かって」 坪山さんはまるで自分の起業を振り返るように力強く応援してくれた。
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