初恋は卵焼きの味

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 ***  響という少年は、お祖父さんがイギリス人であるらしい。ちょっと彫りの深い顔立ちや明るい髪色はその遺伝であるという。  イギリスと言えば、紳士の国だ。他人に、特に女性に優しくしなさいというのは祖父に徹底的に叩き込まれたことであると本人は言っていた。そのせいだろう、初日から物腰柔らかく丁寧な態度の彼は、クラスの女子にも大人気だったのである。  それでいて、男子からも評判が悪くない。昼休みにドッジボールで大活躍したこと、しかも仲間を立てるようなプレイをしたことで一気に彼らの心を掴んだらしい。 「ここ、スポーツのクラブがたくさんあるって本当ですか?」  彼の魅力的なところは、“好きなもの”がたくさんあるということもあったのだろう。男子が話題を振っても女子が話題を振っても、いつも楽しそうにその話に乗ってきた。“その件は興味がないから”という態度を取られないというだけで、みんなの印象は段違いなのである。  特に興味があるらしいのは、スポーツ。やってみたいスポーツがたくさんあると話した瞬間、クラブに入っている少年少女たちから猛烈な勧誘が来たのだった。 「はいはいはいはいはーい!サッカー部どう!?響くんが入ってくれたら百人力なんだけど!!」 「ドッジボールクラブはどう?男子と一緒にやって大活躍だったんでしょ?」 「うちのスイミングスクールに来ない!?」 「おい、響はうちで貰うぞ!今度こそ、タイムカイ小の奴に勝つんだよ!あそこのサッカー部、俺らに勝ち越してるからって態度でけーんだ!!」 「スポーツもいいけど、手芸クラブも面白いんだからね!?」 「ま、漫画クラブも……!」 「しれっとスポーツ以外の奴らも勧誘してるんじゃねー!おい響、青春の汗を流そうぜ、俺らのバスケ部で!!」  この小学校では、週に一度クラブ活動の日がある。それに加えて、野球やサッカーといった競技は専用のクラブチームもあって放課後に活動しているのだ。彼らが獲得に動くのはごくごく自然な流れだった。  ちなみに、初日にして少年少女たちが神代響を下の名前で呼んでいるのは、彼が下の名前で呼ばれるのが好きだと最初に宣言したせいだった。フレンドリーで紳士的な彼を下の名前で呼ぶのは、特に抵抗もなくみんなに受け入れられていたのである。 ――どうしよう。全然、話しかけるタイミングがないや。  私はみんなの輪から外れたところでおろおろしていた。特にスポーツをやっているわけでもなく、成績が良いわけでもない、ついでに美人でもない地味系女子の私はどうしても積極性に行く動機がない。このままだと、放課後またどこかに連れ去られてしまいそうだ。  せっかく、素敵な子が転入してきてくれたのに、自分は何もできないまま終わるのだろうか。私がしょんぼりと、そんなことを思っているとだ。 「どのクラブに入るかは、スポーツとか芸術の内容もそうだけど、誰がいるのか、でも決めたいです」  丁寧語が癖になっているという彼は、にこにこしながらみんなに言ったのだった。 「だから、もし良かったら……皆さんのことを知るために、お願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
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