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「お母さん!」
その日。
家に帰るなり、私はキッチンの母に飛びついた。
「ちょ、麻耶!手洗いうがいしてから来なさいって言ったでしょ!?」
「とんでもない事件が発生したんです、お願い事を聞いていただけますでしょうかお母さまぁ!!」
「何故に敬語!?」
私は母に事情を話した。
響がみんなに頼んだこと。それは、みんなのことをよく知るために、可能なら一人でも多く家に遊びに行きたいと言ったのだ。
正確には。その家の“卵焼き”が食べたいと言ったのだ。できれば、みんなも卵焼きづくりを手伝った上でご馳走してほしいと。
「何で卵焼きなのかわかんないけど……人のことを知るなら、卵焼きが一番だって響君は言ってるの。お母さん、卵焼きの作り方教えて!」
本当は、前に調理実習で一回やっているのだが。あの時は、卵を綺麗に撒くことができず、ぐっちゃぐちゃになって終わってしまったのである。
好きな男の子にアピールする、絶好の機会。何が何でも可愛くて美味しい卵焼きを作って、彼を喜ばせたい。
「変わった子ねえ。まあ、いいけど」
お母さんは私をまじまじと見て、ドストレートに言ったのだった。
「麻耶、超絶ハイパースーパースペシャルに不器用でしょ、大丈夫?」
「そこまで言う!?」
「目玉焼きを作ろうとして炭を錬成したってしょぼくれてたじゃないの。卵焼きは、目玉焼きよりずっと難しいのよ?」
「そ、それでもやるの!」
私は拳を握って、母に主張する。
「何がなんでも、美味しい卵焼きを作って……響君を喜ばせたいから!」
「……そう、わかったわ」
どうして母がちょっと嬉しそうだったのか。この時の私はまだ、わからなかったのだった。
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