初恋は卵焼きの味

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 ***  卵焼きを作るためには、特別なフライパンを使う必要がある。円いフライパンではなく、長方形の四角いやつだ。これの名前は何なの、と母に尋ねたら“卵焼きのフライパン、って認識でしかなかったわ”と返ってきた。料理が得意な母でさえ、コレを卵焼き以外で使ったことがないということらしい。  そんな卵焼き用フライパンをコンロに置いて温め、油を敷く。  母のアドバイスでは、この時ティッシュを使うのがいいらしい。油をフライパン全体に広げる上、余計な油を吸収できるからだ。箸で漫勉なくフライパンに油をまぶしたら、いよいよ卵の出番である。  といっても、卵焼きだからきちんと混ぜてからフライパンに投入する必要がある。なので、予めお椀に卵を三個ほど入れて、塩、砂糖、醤油、みりんなどと一緒にかき混ぜておく。そして、あっためたフライパンに卵を流し込むわけだがこの時半分程度で収めるのがポイントだ。残り半分は、後で追加投入することになる。 「あああああ!」  卵を丸めようとして、失敗した。表面が固まりすぎていたせいでうまく丸めることができず、おまけに接地面が焦げていたのだ。卵焼きは味つけをした上で焼くので、強い火で焼き過ぎると一気に焦げてしまう。砂糖を入れたら気を付けて、と母に言われていたというのに。  二回目の時は、逆に生焼きで丸めようとしてぐずぐずに崩れ、スクランブルエッグになってしまった。どっちも食べられないほどの失敗ではないが、それでも一般的に想像する“卵焼き”とは程遠い。 「頑張って、麻耶」  お母さんはほどけた私のエプロンの紐を結び直しながら言ったのだった。 「ふふふふ、恋って素敵ね。人のために、一生懸命何かをしようとする。麻耶がそういう子に育ってくれて、お母さんは嬉しいわー」 「そそそそそそそんなんひゃないからっ!」 「噛んでる噛んでる」  いくら否定しても、バレバレだろう。顔から湯気を出しながら練習に励む私を、お母さんはのほほんと見つめていたのだった。
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