ハルの話をしようと思う

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 はらはらと散り落ちる薄桃色の花びらとともに、キミは手の届かないところに行ってしまった。  いつか必ずそんな日が訪れる。もちろんわかっていた。けれども、いざそのときを迎えてみると、そんな覚悟などどこにもなかったかのように、私の心は一瞬のうちに哀しみの闇に覆われてしまったのだ。次から次へととめどなく流れ落ちる涙が、窓ガラスの向こう側に舞い散る花びらの桃色を曇らせた。  もう5年も前の話なのに、散りゆく花びらを見るたびに切なく、哀しい気持ちが甦ってしまう。キミがいなくなってしまったあの日から、春が苦手な季節となり、桜並木を避けるようになっていた。とりわけ私の目は、庭の桜の木を、哀しみの象徴のように捉えてやまないのだった……。  人付き合いがあまり得意ではなかった私に、キミはよく懐いてくれていた。私はとても救われた。いつもそばにいて、その小さな体で私を支えてくれた。家族のいない身としては、寄り添える唯一の相手として、とても頼もしい存在だった。悲しいときは元気になれたし、嬉しいときは、より幸せな気分になれた。  一緒の布団で誰かと眠る心地よさ。それを実感した初めての冬。  春、ほんわかとした風が流れ込んでくる和室、陽が当たった畳で添い寝したのも気持ちがよかった。  夏、冷房の効いたリビングのソファでタオルケットに包まれて昼寝をしていると、ツンツンと鼻をつついてきたよね。「自分もタオルケットの中に入れてよ」と言わんばかりの目をして。  秋、窓際に頭を寄せ合って、大きな満月を眺めながら眠ってしまったときもあったっけ。  キミは爪切りと歯磨きが苦手だったけど、少しずつ、できるようになったんだよね。偉かったよ。お風呂も、そのあとのドライヤーも本当は苦手だったみたいだけど、よく頑張ってくれたよね。我慢できたのには、ご褒美として、とっておきのおやつがもらえることもあったのだろうけど、でも、回を重ねるうちに、さっぱりすることも知ったんだろうなって、私は思っていたよ。  郵便屋さんの気配にいち早く気づくのはいつもキミで、すぐに教えに来てくれたよね。表のポストまで「一緒に連れてって」って、抱っこをおねだりする仕草、かわいらしかった。スネに絡みつく小さな前足の感触、抱っこしたときの重量感とぬくもり、手のひらに伝わるクリーム色の被毛の感触、今でもはっきりと覚えている。  ご飯を待ちきれずに、前足を交互に踏みしめる仕草、あれもかわいらしかった。その姿を見たいがために、私はお茶碗を持ったまま立ち止まって、ちょっとじらしてみたりもした。キミは怒るでもなく、ススキみたいなしっぽを左右に揺らしながら、なおも短い前足をちょこちょこと動かしていたね。そのたびに、うねりの強い耳の毛がぽわんぽわんと浮き立っていたっけ。
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