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1-3.再会③
ショッピングモールはタワマンを挟んで駅の反対側にあり、連絡通路1本でいける。
ヒーローショーがあるのはエントランスの広場。近づくにつれ、熱いノリの音楽が大きくなってきた。心良の足取りが踊るようにはずむ。
「小さいお子さんは前へどうぞ」
案内に従って心良を並ばせていると、隣に同じように男の子を並ばせている男性と目があった。
年齢は千和と同じくらいだが、太りぎみのふっくらした頬と細い眼鏡、全体的にがっしりとした身体つき、明らかに出ている腹回り ―― どっかで見たような、と千和が思った瞬間、彼は人懐こく笑った。
「あれ? タカラヅカじゃん。久しぶり」
「じゃなくて宝塚ね。旧姓だけど。…… もしかして、カイロ? ちょっと痩せた? ていうか、子どもできたの? しかもすごい可愛い。意外…… でもないか。痩せたらモテるのにって高校のとき散々イジられてたもんね」
「カイロって…… そのあだな、まだ覚えてたんだ」
「むしろ、あだなしか覚えてない。本名…… ごめん、なんだったっけ? 」
「実喜。実喜弓弦」
「………… ごめん1ミリも記憶にないから、カイロでいい? 」
「ま、いいけどね」
保護者のかたはうしろの席にどうぞー、と案内が入り、心良が千和にバイバイと手を振った。去年までは離れるのを嫌がって、結局はショーが観られなかったこともあったのに ―― 子どもってほんと、成長はやい。
子どもたちがひしめくフリースペースから退散して指定されたパイプ椅子に座り、千和は弓弦とぼちぼちとおしゃべりを再開した。
「子どもは双子の姉の子で、今5歳。早生まれで来年の2月に6歳」
「それなら、うちと一緒だね…… って、双子のお姉ちゃん? いたの? 」
「うん。別校だったから会わなかったんじゃないかな」
「そっか。うち進学校だったもんね。ヒーローショーに連れていってあげるなんて、いい叔父さんじゃん」
「…… そうだね。もうほとんど実の子といってもいいかも」
「そんなにしょっちゅう会ってるんだ。お姉さんも助かるね」
「うーん。そう思ってくれてるといいけど」
「ぜったい、そうだって。わたしも、あの子は兄の子なんだけど、いつも助かるって言われてるもん」
ヒーローと怪人の手下たちがステージ上でアクションをはじめ、千和と弓弦は口をつぐんで前を向いた。子ども向けのショーだが、目の前で演技されると大人でもけっこう面白いのだ。
ちなみに心良の最推しはヒーローではなく怪人である。ショーの中盤、怪人が 「よおし。子どもたちをさらって人質にしてやるのじゃ」 と言い出したときの心良の熱狂ぶりは、うしろから見ていてもすごいものがあった。
「はいはいはいはいはい! マジキモエックスちょーすきー! さらってー! 」
精一杯、背伸びをして手を上げ、ぴょんぴょんはねてみせる。普段と同じといえばそのとおり。だがそれがやたら目立ってみえるのは、隣の男の子のせいだろう。
ぼんやりと立ちつくしていて、まったく動かない。
「お子さん、おとなしいね」
「うん。いつもあんな感じ。お嬢さんは活発だね。マジキモエックス好きなんだ」
「うん、夏頃まではわたしと一緒にブラック推しだったのに、どうしてこうなったのか…… 」
「へえ、ブラック好きなんだ? 」
「うん、演技いちばんうまいよね。前に国際映画祭で賞とった学生の映画で主演やった人で。あれ、監督が天才学生、ってことばかりが話題になってたんだけど、主演の彼は無名のままなんだな、って思ってたから、ブラックになってて嬉しかった」
「へえ…… 詳しいね」
「たまたま、夫と観に行って。映画は詳しくないよ。だからもしかしたらブラック以外でも活躍してて、わたしが知らないだけかも…… そういえば、カイロちょっと似てるよね」
「そうかな? 初めて言われた」
「うん、太さは全然違うけど、目元とか? …… あ、甥っ子ちゃん選ばれた」
自分ではなく隣の男の子がマジキモエックスに連れていかれて、心良はガックリと肩を落とした。
「名前、いえるかな。こういうの初めてなんだ」
弓弦の心配をよそに、怪人に名前をきかれた甥っ子は、はっきりと答えている。
「さねよし まさき です。よろしくおねがいします」
まさきちゃんっていうんだね、と千和が確認すると、公園の公に希望の希、と弓弦が教えてくれた。
その後ヒーローと怪人との戦闘シーン、人質になった子どもたちがお土産をもらい解放されてエンディング、すかさずショー後の有料写真撮影の案内、と続く。
ヒーローとの写真撮影をご希望のかたは ―― との音声をさえぎったのは、心良の声だった。
「えー。マジキモエックスは? 」
弓弦がおかしそうに口の端をゆがめ、千和が、いつものことなの、と小声で説明する。
案内が終わると、大人たちは席を立って子どもを迎えに行った。
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