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36 ぶりっこアルデラVS猫かぶりキャロル
時間を巻き戻す前のアルデラは、キャロルに出会っていない。当時、借金まみれだった伯爵家と関わりたい人なんていなかった。それなのに、過去では出会わなかったキャロルが急に伯爵家を訪れた。
(最近の一番の変化は、伯爵家の借金がなくなって、クリスの事業が成功していることね。キャロルが今、ここに来た目的は、伯爵家のお金かしら? でも、クリスに好意をもっているようにも見えるわね)
考えてもその答えは出ないので、今は、キャロルがブラッドの夢の中で出てくる甲高い声の女と同一人物なのか調べることが先だった。
キャロルを怒らせて、なんとか彼女の地声を引き出したい。
(猫をかぶる……女性をイライラさせる……といえば、ぶりっこよね。私にできるかしら?)
本当ならこんなややこしいことをせずに、黒魔術で一瞬に解決してしまいたい。ただ、罪を犯したかどうかまだわからないキャロルを予想だけでは断罪することはできない。
罪のない者や正しい者を黒魔術で攻撃すると、倒せたとしても黒いモヤがアルデラの周りにまとわりつくことになる。
(相手が確実に犯罪者だとわかるまでは、一般人相手に黒魔術を使いたくないわ)
アルデラが考えこんでいると、食事を終えたのかクリスとキャロルがそろって廊下に出てきた。キャロルは、まるでクリスの妻であるかのように、クリスの二の腕辺りに手を添え寄りかかっている。
同じ金髪碧眼の二人は、本物の夫婦のようにお似合いだ。
アルデラは、静かに深呼吸をした後、両手で拳をにぎりしめ、自分のあご辺りに当て小首をかしげた。これが、アルデラが唯一思いついたぶりっこポーズだった。
「クリスさまぁ、ひどいですぅ」
いつもよりワントーン高い声で語尾を伸ばして話すと、アルデラの視界の隅で、ブラッドが急に殴られたかのような声を出した。
「ごはっ!?」
アルデラがにらみつけると、ブラッドは慌てて口元を押さえ視線をそらす。
(ブラッド、笑ってはいないけど驚きすぎよ!)
内心、恥ずかしくなりながらも、アルデラは小走りでクリスの側に行き、キャロルの反対側からクリスの腕に自分の腕を絡ませた。
「クリスさまぁ、今日はアルと二人っきりで食事をしてくれるって、約束していたのにぃ。先に食べちゃうなんてひどぉい」
プクッと頬を膨らませ、上目づかいでクリスを見ると、クリスは無言で青い瞳を大きく見開いていた。
(うん……急にこんなことを言われたら、誰でもそういう顔になるわね……)
そもそも、そんな約束はしていない。
(でも、クリス、ここは空気をよむのよ! 空気をよんで私に全力で合わせなさい! キャロルを怒らせるの!)
アルデラの必死な思いが届いたのか、固まっていたクリスはクスッと笑うと、キャロルに背を向けアルデラを優しく見つめた。
「すまないね。急な来客だったんだ。私が君との約束を忘れるはずがないだろう?」
その言葉は、遠まわしに『キャロルが急に来て迷惑だった』と言っているようにも取れる。
(やるわね、クリス……)
感心していると、クリスは「私の可愛いアル」と甘く囁いたあとに、アルデラのおでこにキスをした。
「!?」
一瞬、驚いてしまったけど、アルデラは「もぉう、クリス様ったらぁ」とあわてて語尾にハートをつける。
空気がよめる男、クリスのおかげで、さっそくキャロルの顔が強張っている。アルデラはさらにキャロルを怒らせるために、クリスにぴったりとくっついた。
「クリス様ぁ、この方、だぁれ?」
「ああ、紹介するね。こちら、ライヤー子爵夫人だよ」
(夫人!? キャロルは既婚者だったの?)
夫がありながら、クリスに寄りかかっていたのかと驚いてしまう。
クリスはキャロルを振り返ると、アルデラを紹介した。
「彼女は、元公爵令嬢で、今は私の妻、伯爵夫人のアルデラだよ」
クリスは無意識だろうけど、こう紹介されれば、伯爵よりも身分が下なキャロルはアルデラに頭を下げるしかない。
(いいわよ、クリス!)
キャロルは頬を引きつらせながら、アルデラに淑女の礼をとった。
そんな彼女を見て、アルデラはまた頬を膨らませる。
「たかが子爵夫人が、どうしてクリス様の腕にふれていたんですかぁ? クリス様にふれて良いのは奥さんの私だけですよぉ? 謝ってください」
キャロルは怒りで目元が釣り上がっている。
「それは……大変申し訳ありませんでした。私とクリスは付き合いが長いので、つい」
キャロルが『そうよね』とでも言いたそうにクリスを見たが、クリスの瞳にはアルデラしか映っていない。キャロルが、ギリッと歯噛みする姿が見えた。
アルデラはさらに「クリスぅ? 呼び捨てなんて失礼ですぅ!」と追い打ちをかけると、キャロルはフフッと不敵に微笑む。
「私の姉はクリスの妻ですよ。まぁ、公爵家に閉じ込められて、今まで社交界はもちろん、外にすら出してもらえないような貴女では知らないでしょうけど」
貴族のウワサ話が回るのは早い。アルデラが公爵家でどういう扱いを受けていたのかキャロルは知っているようだ。
「それって、どういう意味ですかぁ?」
キャロルは小馬鹿にするような視線をアルデラに向けた。
「こんなバカな小娘が、公爵令嬢ですって? 笑っちゃうわ」
その声は今までのような落ち着いたものではなく、侮蔑を含んでいて甲高い。
アルデラがチラリとブラッド見ると、ブラッドは力強く頷いた。
(この女が、ノア殺しの犯人の一人)
『ようやく見つけた』という思いと『よくもノアを』という怒りが混じり、身体が小刻みにふるえる。そんなアルデラを支えるように、クリスはアルデラの肩に手をそえた。手のひらから伝わる温かさで頭が少しずつ冷静になっていく。
(今はこの女を捕えない。キャロルを泳がせて、もう一人の犯人を突き止める)
ブラッドの夢には、剣の達人ともいえるような男がいた。その男こそが、ノア殺害の実行犯だ。
アルデラは、わざとらしく「ふぅ」とため息をついた。
「ご存じだったんですねぇ。アルがお父様やお母様に溺愛されて、危ないからと外に出してもらえなかったこと……」
キャロルの瞳が驚きで見開いた。もちろん、全てウソだったけど、今の健康的で美しい姿のアルデラが言うとその言葉には説得力がある。
「お父様ったら、アルが結婚しないように、呪われているだの、不出来だのと、いろいろとおかしなウワサを流して……もう本当に困っているんですぅ。アルがクリス様に一目惚れしたらクリス様にまで悪いウワサを……今度会ったらお父様に文句を言わないとぉ」
プンプンと怒りながら、公爵に溺愛されている娘アピールをする。
そして、「あ、そうだわぁ! お父様にもっとお金を送ってもらいましょう。ね、クリスぅ?」とクリスに微笑みかけた。
「アル、あまり公爵閣下を困らせてはいけないよ。ただでさえ、たくさん送ってもらっているんだから」
「だってぇ、お父様ってば、ひどいんだものぉ」
こう言っておけば、伯爵家の借金が急になくなり、クリスの事業が成功した理由は、アルデラが公爵に溺愛されているからと思ってくれそうだ。
キャロルの顔はみるみると青ざめた。こちらの思惑通りに、公爵家で溺愛されていた深窓の令嬢にケンカを売っていると勘違いしてくれたようだ。
「そ、そうでしたのね……。何か誤解があったようで……。伯爵様、アルデラ様、申し訳ありませんでした」
サッと態度を改めて、キャロルはふるえながら頭を下げた。
「謝ってくれたらそれで良いんですぅ。私、お友達がいなくてぇ。ぜひ、私とお友達になってくださいねぇ」
口元だけでにっこりと微笑みかけると、キャロルは「も、もちろんです! 光栄でございます」と強張った作り笑いを返す。
(キャロル……私はあなたを絶対に許さない。私の大切な伯爵家を……ノアをターゲットにしたことを、死ぬほど後悔させてやるわ)
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