02 大切な人達

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02 大切な人達

 気を失ったアルデラが再び目を覚ますと、ベッドの側に金髪の男の子がいた。 (ノア……) ノアは、レイヴンズ伯爵の一人息子で、時間が巻き戻った今はまだ六歳だった。とても優しい性格で、急に伯爵家に嫁いできたアルデラを嫌うこともなく家族として受け入れてくれた。 今も、アルデラが目覚めたことに気がつかず、一生懸命、お見舞いの花を花瓶(かびん)に生けようとしている。しかし、花が多すぎて細い花瓶の口になかなか入らない。 「ノア……お花を、減らしたほうがいいですよ」 それはひどくかすれた声だったけど、今度はちゃんと声が出た。ノアはハッとなり、慌ててアルデラのベッドにかけよってくる。 「アルデラさん、大丈夫!?」  こちらを見つめる青い瞳には涙が浮かび、宝石のようにキラキラと輝いていた。 「はい、もう大丈夫です」 右手を伸ばしてサラサラの金髪をなでると、ノアの瞳から涙があふれた。 「よかった……」  シクシクと泣き出したノアをどうしたらいいのかわからない。泣きじゃくりながら、「ぼく、アルデラさんが母様みたいに死んじゃうのかと思って……。すごく怖かったです」と、小さな身体をカタカタとふるわせる。 「ごめんね、ノア……」  大好きな母を亡くして、まだ心の傷が癒えていないのに、たった一年後にアルデラが後妻として家にやってきた。アルデラの存在が、どれほどノアを傷つけたかわからない。 それなのに、ノアはアルデラに優しくしてくれた。本当にノアは、天使のように清らかで優しい男の子だ。  そんな天使は三年後、何者かに殺されてしまう。 (今度は、絶対に私が守るから)  そう固く決心すると、消えてしまったアルデラの記憶と、転生者である今のアルデラの記憶が、身体の中でうまく混ざり合っていくような気がした。ここが『異世界だ』という感覚が薄れて、自分が『アルデラだ』という意識がめばえる。  もしかすると、精神が身体になじむことで、よりこの世界に適応していっているのかもしれない。  しばらくして泣き止んだノアは、「父様を呼んでくるね」と言い部屋から出ていった。ノアが部屋から出ると、扉の前で待っていたように年配の女性が入ってくる。 「アルデラ様、お水をお持ちしました」  彼女は、アルデラがこの家に嫁いだときに、伯爵の命令でアルデラの侍女になったケイシーだ。ケイシーは、優しくときには厳しく、まるで本当の母のようにアルデラに接してくれていた。 「ありがとう、ケイシー」  アルデラがお礼を言うと、ケイシーの瞳に涙が浮かぶ。 「どうして、アルデラ様ばかりこんな目に……」  ケイシーは、初めてアルデラがこの家に来たときも、こんな風に泣きそうな顔をしていた。 あとからそのときの話を聞くと、ケイシーは「旦那様の再婚相手が、もし、ノア様をイジメるような性格の悪い女だったら、屋敷のみんなで追い出してやろうと決めていたんです」と笑った。 「それなのに、ここに来たのは病弱そうで薄幸そうなか弱いお嬢様じゃないですか! もう私も屋敷のみんなも驚いてしまって! すぐに『誠心誠意アルデラ様にお仕えして健康になっていただき、幸せにしてさしあげよう!』と思い直しましたよ」  ケイシーのあけすけな言葉を聞いて、新しい生活におびえていたあのときのアルデラは『この人なら信頼できるかも』と少しだけ安心できた。 (また、ケイシーに心配をかけてしまったわ)  心の中で反省しながら、アルデラは「今は何年かしら? 私が嫁いできてから、どれくらいたった?」と聞いてみた。 答えてくれたケイシーの言葉をまとめると、アルデラが嫁いできてから二カ月がたち『アルデラ様の顔色が、少しずつよくなってきたかなぁ?』というところで、アルデラが急に倒れたそうだ。  そして、そのまま一度も目覚めることなく三か月の間、ずっと眠っていたらしい。 (たぶん黒魔術を使って無理やり時間を巻き戻したから、身体に負担がかかったのね)  もしかすると、長く眠ることにより、使い切った魔力を回復させていたのかもしれない。  アルデラがベッドから身体を起こそうとすると、ケイシーが背中を支えて手伝ってくれた。 「でも、ケイシー。三か月も寝込んでいたわりには、どこも身体が痛くないわ」 「それは、よかったです。おそらくですが、旦那様の指示で魔力が含まれた点滴を一日二回していましたから。お食事をしなくても、お身体にそれほど負担はなかったのではないかと?」 ケイシーから水が入ったグラスを受け取り、のどをうるおすと清涼感で気分がすっきりする。 (そっか、伯爵の奥さんは病気だったから、この家では、私が倒れてもすぐに治療ができる体制が整っていたのね。でも、そのせいで、だいぶお金を使ってしまったんじゃないかしら?)  ケイシーは、「アルデラ様には魔力の点滴がすごく合ったみたいですね。お肌もお顔も、とても健康そうですよ」と嬉しそうに微笑む。その言葉でアルデラは、先ほど鏡に映った黒髪の美少女を思い出した。 (あ、そっか。もしかして、点滴のおかげでアルデラの不健康そうな外見が改善された? ……え? ということは、アルデラは元から美少女だったってこと!?) 『ああ、もったいない!』と思わず頭をかかえてしまう。  コンコンッと扉がノックされた。ケイシーが扉を開くと、書類上は夫であるクリス・レイヴンズ伯爵が部屋に入ってくる。  クリスはとても穏やかな男性で、年が離れたアルデラと結婚すると決まったときも、「私のことは、兄とでも思ってくれればいいからね」と優しく微笑んでくれた。  なので、二人は白い結婚で、アルデラもクリスを兄のように慕っていた。 (それに、クリスは今でも亡くなった奥さんのことを愛しているから……)  そんな愛妻家のクリスを、アルデラは『とても素敵だわ』と思っていた。自分が育った家とは違い、この家には本当の家族愛があるのだと喜んでいた。 (クリスが借金まみれなのは、奥さんの治療のために莫大なお金がかかったからなのよね) 資金援助を求めてアルデラの実家の公爵家を訪れたクリスは、その場で厄介者のアルデラを押し付けられてしまい今に至る。  クリスがベッドに近づいてきたので、アルデラがベッドから出ようとすると「そのままでいいから」と優しく制止された。 「アルデラ、気分はどう?」 「お陰様でとても良いです」  クリスは青く綺麗な瞳でアルデラを見つめたあとに「ウソではなさそうだね」とホッと胸をなでおろした。 「伯爵様……」  アルデラが点滴のお礼を言おうとすると、クリスは「だから、クリスでいいと言っているのに」と寂しそうな顔をする。 (そうだった。過去のアルデラは、恥ずかしくて、いつまでたってもクリスって呼べなかったのよね) 「……クリス様」  アルデラがそうつぶやくと、クリスは驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。『ああ、クリスのこの笑顔を、消えてしまったアルデラにも見せてあげたかった』そう思うと、胸が締め付けられるように痛む。 「クリス様。倒れた私を治療してくださり、ありがとうございます。お金が……かかってしまったのでは?」  クリスは少し困った顔をしながら「君は心配しなくていいんだよ」と言ってくれた。 「そんなことは気にしないで、体調が戻るまで、ゆっくりとお休み」  優しくアルデラの頭をひとなですると、クリスは部屋から出ていった。 (そうはいっても、この家はただでさえ借金まみれなのよね。私の点滴代も絶対にクリスの負担になっているわ。アルデラの実家の公爵家には、腐るほどお金があるのに……)  アルデラの実の両親は、自分たちは贅沢な暮らしをしているのに、アルデラには一切お金をかけてくれなかった。 (まったく、虐待よ虐待! 育児放棄(ネグレクト)だわ! これが前世の世界だったら犯罪よ!)  この中世ヨーロッパ風の世界では、たとえ罪を犯しても貴族を簡単に罰することができない。しかも、それが権力の強い公爵家ならなおさらだ。 (まったくなんて世界なの……あ、そうだ! だったら、私があのクズ両親をこらしめたらいいのよ!)  そうすれば、消えてしまった可哀想なアルデラも少しは喜んでくれるかもしれない。 (こらしめついでに、本来ならアルデラを育てるために使うはずだったお金も、きっちりと払ってもらいましょう!)  もちろん、クズ両親は、大人しくお金を払うような人たちではない。ただ、今のアルデラは黒魔術が使える。この世界での黒魔術は、代償さえ支払えばなんでもできてしまう究極の極悪魔術だ。 (過去のアルデラは悪女に仕立て上げられたけど、今の私は自分から悪女になってやる! そして、大切な人たちを今度こそ守るのよ!)  アルデラは悪女に相応しいあくどい笑みを浮かべた。
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