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04 護衛の人
次の日、アルデラが自室で朝食をすませると、侍女のケイシーが部屋へ入ってきた。
「アルデラ様。今日は、お出かけされるそうで」
「そうよ」
アルデラの「すぐに戻るから……」という言葉をさえぎり、ケイシーは「着飾りましょう!」と提案する。
「必要ないわ。実家に荷物を取りに行くだけだから」
そう伝えると、ケイシーは「だからこそ、着飾るのです! 女のおしゃれは身を守るための鎧ですよ!」と怖い顔をした。
「でも、私、着飾れるようなものは何も持っていないわ」
アルデラが伯爵家に嫁いだとき、実家から嫁入り道具はもちろんのこと、持参金すら持たせてもらえなかった。
もちろん結婚式なんて開かれるわけもなく、身一つでポイっと伯爵家に捨てられたようなものだった。
だから、アルデラが着ているワンピースは、亡くなったクリスの前妻のものだ。
前妻が病気になるまでは、伯爵家は裕福だったので着ていない服は多く、それなりに贅沢をしていたようだ。
(さすがに、亡くなった奥さんと同じ服を私が着ていたら、クリスもノアも嫌だと思うわ)
そういう理由で『前妻が買ったけど、一度も着ていない』という普段着用のワンピースを、クリスから許可をもらいゆずってもらった。
そのときにクリスから「何も贈ってあげられなくて申し訳ない」と頭を下げられたが、アルデラは優しくしてもらえるだけで幸せだったし、何かを贈ってもらおうなんて思っていなかった。
だから、アルデラは、自分が着飾るためのドレスやアクセサリーを一つも持っていない。
それなのに『着飾りましょう』というケイシーにアルデラが困っていると、ドレスを二着ほど抱えた若いメイドが部屋に入ってきた。
「ケイシー様の指示で、お亡くなりになられた奥様が一度も着ていないドレスをお持ちしました! 残りのドレスと、使われていないアクセサリーもお運びしますね!」
ケイシーは、「アルデラ様がお綺麗なことを、公爵家に見せつけてやりましょう!」と意気込み、若いメイドも「そうですよ!」と張り切っている。
室内に並べられたドレスは、濃紺や深緑などで、どれも落ち着いた色だった。
(たしか前妻さんは、儚げな感じの美女だったのよね)
屋敷の奥に飾られている肖像画を、一度だけ見たことがある。
(パステルカラーや明るい色が似合いそうな人だったから、きっと、こういう濃い色や落ち着いた色のドレスは着なかったのね)
じゃあ、買わなければいいと思うかもしれないけどこの世界では、貴族はお金を使って経済を回すことも貴族の役目と考えられているので、前妻は浪費家なのではなく、一般的な貴族らしい女性といえる。
(でも、お金に困っているなら、こういうドレスを全部売ればいいのに)
以前、ワンピースをゆずってもらったときに過去のアルデラが「私が着てもいいのですか? 売ればそれなりに……」と遠慮がちに尋ねると、クリスは「彼女の物をどうするかは、ノアが大きくなったら決めさせようと思っているんだ」と教えてくれた。
おそらく、クリスは愛した人の物を手放してしまうのが心苦しいのだと思う。
(世の中には、簡単に割り切れないものもあるよね。神様のように優しいクリスも人間だから)
そのおかげで、こうしてワンピースやドレスをゆずってもらえたのだから感謝しかない。
結局ケイシーと若いメイドの情熱におされて、アルデラは真っ黒なドレスを選んだ。そのドレスには、袖や裾に金糸の刺繍が入っているので迫力のある豪華さだ。
(こういうドレスのほうが、悪女っぽく見えるよね)
アルデラが「これでお願い」と伝えると、ケイシーもメイドも張り切って着替えに取りかかった。ドレスのサイズが合わないところは、ケイシーが器用に縫ってくれる。
ケイシーに「髪は結(ゆ)いますか?」と聞かれたので、アルデラは「そのままで」と答えた。
(クズ両親が嫌っているこの黒髪を、思う存分、見せつけてやりたいからね)
最後にケイシーは、アルデラの首にゴージャスな金色のネックレスをつけてくれた。ネックレスの中心についている宝石は綺麗な青色だ。
「綺麗ね。ありがとう」
ケイシーとメイドは嬉しそうに微笑み合っている。身支度が終わったので、アルデラは荷物の準備を始めた。ケイシーにバスケットを貸してもらい、その中にビンつめの髪や爪を入れていく。
(もしかしたら、刃物も使うかも?)
ナイフがほしかったけど見当たらないので、代わりにハサミを入れておく。
「よし!」
『私も一緒についていきます』と言うケイシーを丁寧に断って、アルデラは一人で馬車へと向かった。
用意されていた馬車は、伯爵家の紋章が入った立派なものだ。
(お金が無くても最低限のものは残しているのね)
そうしなければ、この世界の貴族は外出もままならないので、クリスのやり方は間違っていない。
(でも、この方法じゃ、三年後でも借金はなくなっていなかったわ。だから、私がなんとかしないと!)
覚悟を決めて馬車に近づくと、馬車の前に立っていたメガネをかけた青年がこちらに向かって会釈した。
(たしか、この人って……)
緑色の長い髪を一つにくくった執事風のこの男をアルデラは知っている。過去のアルデラが嫁いですぐに、この青年をクリスに紹介されたからだ。
「彼は、私の友人ブラッドだよ。この屋敷のことは、彼に取り仕切ってもらっているんだ」
(メガネとこの緑髪、間違えるはずがないわ。この世界では、こんなに目立つ緑髪は良いのに、黒髪は嫌われるんだから不思議よね)
「ブラッドさん?」
アルデラが声をかけると、顔を上げたブラッドは固まりマジマジとアルデラの顔を見た。そして、おそるおそる口を開く。
「もしかして……アルデラ様、ではないですよね? ……いや、でもその髪色は」
ブラッドは思慮深そうなグレーの瞳を大きく見開いている。
(まぁ、短期間でこれだけ外見が変わったら、こういう反応が普通よね)
むしろ、アルデラがこれだけ綺麗になったのに、特に驚いた様子もなく、態度が少しも変わらないクリスとノアのほうが変わっている。
「そう、私がアルデラよ」と答えると、ブラッドは口を開けたまま上から下までアルデラを眺めた。そして、ハッと我に返る。
「あ、失礼しました! 私が今日、アルデラ様の護衛をさせていただきます!」
そういうブラッドは、護衛らしく腰に剣を帯びていた。
(彼は執事ではないのかしら? ああ、でもクリスはブラッドのことを『友人』とは言ったけど、『執事』とは言っていなかったわね)
時間が巻き戻る前、ノアが殺されてしまった世界線では、ブラッドはいつの間にか伯爵家から姿を消していた。
(もしかして、ブラッドが犯人? いや、決めつけるのは早いわ。でも用心だけはしておかないと)
アルデラが疑いの目を向けていると、ブラッドは慌てて馬車に乗れるようにエスコートしてくれた。
馬車に乗り込んだアルデラに続いたブラッドは、向かい側の席に座った。
(これは……?)
ブラッドの身体が、薄く黒いモヤに包まれている。
黒魔術が使える者は、怨念や悪い感情などが黒いモヤとして見えるので、それのようだ。
(恨まれているというより、疲れている?)
改めてブラッドの顔を見ると、寝不足なのかメガネの奥にはうっすらとクマができていた。今も眠気と戦っているようで、目を閉じては開くを繰り返している。
「お疲れですか?」
声をかけるとブラッドは「申し訳ありません!」と言いながら背筋を伸ばした。
「事務処理が溜まっておりまして」
「伯爵家の事務処理をされているのですか?」
「はい、クリス様の仕事量の足元にも及びませんが、少しでも手助けになればと」
ブラッドは恐縮しながら指でメガネを押し上げた。
(ウソをついているようでもないし、悪い人ではないのかしら?)
アルデラが「事務処理をされている方が、護衛もされるのですか?」と尋ねると、ブラッドは言葉につまった。
「人手が……その、足りず」
(あ、借金のせいね)
アルデラが顔をしかめると、ブラッドは「でも、剣の腕には自信があります!」と慌てて言いわけをする。
「大丈夫です。疑っていません」
(そもそも、守ってもらわなくても、黒魔術があれば自分の身くらい自分で守れるからね)
それより、ブラッドを包む黒いモヤがこちらに流れてきて少し息苦しい。
(私の黒魔術は、信頼できる人にしか見せたくはないけど仕方がないわね)
手に持っていたバスケットの中からアルデラがハサミを取りだしたので、ブラッドが何事かと驚いている。
「ブラッドさん、あなたの髪を少しいただけないかしら?」
「……は?」
ブラッドに、おかしな女だと思われても仕方がない。
(だって、黒魔術には必ず代償が必要なんだもの! 疲れを取るくらいだったら、少しの髪で十分だから、早くよこしなさい!)
アルデラは、戸惑うブラッドの胸ポケットにある万年筆を指さした。
「あと、その万年筆もいただけないかしら?」
「あ……えっと、はい」
ブラッドは、顔に『この女、ヤバいぞ』という表情を貼り付けながらも、言うとおりにしてくれた。
アルデラは、ハサミで切り取ったブラッドの髪を左手に持ち、万年筆を右手に持った。
(私の使う黒魔術に詠唱は必要ない。ただ、代償を提示して願うだけ。今回の代償はこのブラッドの髪よ)
アルデラが願うと手のひらに乗せていた髪が急に黒い炎に包まれた。熱くはない。驚き立ち上がったブラッドに「大丈夫」と静かに告げる。
(黒魔術で人を癒すことはできないから、身代わりをたてましょう)
今回の身代わりは、右手に持っている万年筆だ。ブラッドを包んでいた黒いモヤが、ゆっくりと万年筆へ流れ込む。全てのモヤが万年筆に流れ込むと、アルデラは万年筆を空きビンに入れフタを閉めた。
(よし、これでOK)
ブラッドを見ると、目の下のクマが消え顔色がよくなっている。
「アルデラ様。い、今、何をしたのですか?」
「公爵家に代々伝わる元気になるおまじないをやってみたの、どうかしら?」
もちろんウソだったけど、信用できない相手に『黒魔術を使った』とは言えないので、適当にごまかしておく。
「え、あれ? す、すごい! 本当にすごく元気になりました!」
それまで不審者を見るようだったブラッドの瞳が、尊敬するようにキラキラと輝きだす。
「アルデラ様。ビンにつめた万年筆は、どうするのですか?」
「この万年筆には、あなたの疲れを一時的に肩代わりさせたわ。次にこの万年筆を使う人に、あなたの疲れが降りかかる。ようするに、使った人を疲れさせる呪いの万年筆のでき上がりってことね」
「よくわかりませんが、アルデラ様がすごいことだけはわかりました!」
そこまでほめられると悪い気はしない。
アルデラが「ブラッドさん」と呼びかけると、「どうか、私のことはブラッドとお呼びください」と頭を下げられた。
「えっとじゃあ、ブラッド」
「はい!」
ブラッドが礼儀正しく嬉しそうに返事をする。
「今の伯爵家がどれくらいの借金をかかえているか、私に教えてくれないかしら?」
「あ、それは……」
言い淀むブラッドにアルデラは顔を近づけた。
「実は、その借金、全て返せるかもしれないの」
「ほ、本当ですか!?」
そう言うと、ブラッドはまるで女神でも拝むかのように両手を組み合わせて、アルデラに熱い視線を送った。
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