01.春先の生ぬるい泥水のように

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01.春先の生ぬるい泥水のように

 最近、月の輝きに魅力がない。月の輝きは焦点が合わないみたいにぼんやりとしている。  日に日に温かみを帯びる北の空の中心で、北極星はそう感じていた。  氷のように冴え冴えと銀色に輝いていた月。鋭利な銀色の輝きをくっきりと放っていた月。冬の間のそんな月のおかげで、夜の闇は深遠な暗闇を深めていた。  それは永遠の虚無のような夜の闇。そんな夜の闇の中で、銀色の月は灯台のようなくっきりとした光を放っていた。  けれど冬が遠ざかり、入れ替わるように春が近づいて来ると、月の輝きから何かが少しずつ失われはじめた。  月の輝きは水に滲んだインクのようにその輪郭の鋭利さを失い、そのせいか夜の闇も春先の生ぬるい泥水のように深みを欠いた。  きっと遠い海に浮かぶ船は、灯台の光までの距離感をうまく測りかねてしまうかもしれない。 「ねえ月さん。どうしたんだい? 最近、元気がなさそうだけど」  北の空の中心にいる北極星は、南の空に浮かぶ月にたずねる。 「なに、一時的なものだよ。春先はいつもこうなのさ」  そうはいうものの、今晩も月の輝きは精彩に欠ける。月のため息さえも南の空から聞こえてきそうなほどに。  さてどうしたものか。月は太陽と並ぶ天空の帝王であり、中でも夜の間は絶対王者として夜空に君臨する存在なのに。  北極星が心配する中、やがて東の空が白み始め、太陽の強烈な光の中で北極星の輝きは失われてしまう。また、太陽が沈んだあとに考えよう……。
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