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「桜を見て、つらくはないかい?」
倫太郎が聞く。
桜は娘が誕生した記念に植えさせたものだった。見れば、この季節に生まれ桜子と名付けた亡き娘を思い出し、つらいのではないかと倫太郎は案じていた。
「出入りの植木屋に頼んで、移し替えてもらおうか」
糸子は首を振った。
「桜子もあの桜の木が大好きでした。どうぞこのままで」
糸子は優しい眼差しの先に、亡き娘の面影を見ているようだった。
「そうか。それならいいんだ」
倫太郎は肯いた。
「幼い桜子はひとりぼっちであの世へ行って、寂しくないでしょうか。おっとさん、おっかさんと泣いてはいないでしょうか」
ふと漏らす糸子の言葉に倫太郎は答えてやることができず、そっと肩を抱き寄せた。
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