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6. 守り桜
漸く糸子が床上げし、少しずつ奥向きの差配ができるようになった頃、夫婦でお茶を飲んでいると女中頭のお由がいつになく取り乱して座敷に入ってきた。
「だ、旦那様、奥様!」
「どうした? お由さん」
「お竹さんが、お竹さんが昨夜、中風で倒れたと家の者が知らせてまいりました」
「えっ」
お竹さんは倫太郎にとってとても大切な存在だ。倫太郎と糸子は急いでお竹さんの家へと向かった。
二人がお竹さんの家を訪うと、息子の嫁が出迎え奥に声をかける。
「あんた、内藤の旦那様と奥様がお見えだよ」
すぐに息子の弥一が出て来た。
「これは内藤の旦那様、奥様、わざわざ恐れ入ります」
弥一が深々と頭を下げた。
「弥一さん、お竹さんはどうだい?」
「それが、先ほど目を覚ましました」
「ああ、それは良かった!」
倫太郎も糸子もほっと胸を撫で下ろした。
「それで、旦那様と奥様と話したいと申してまして、今、お呼びに上がろうかと思っておりました。粗末な家ですがどうぞお上がりください」
お竹さんの寝所に通され、倫太郎と糸子が横たわるお竹さんにいたわりの言葉をかけて枕元に座る。
「夢のような場所へ行き、帰って来ました」と、お竹さんは語り出した。
中風なら生還しても残るという麻痺はほとんどないようで、言葉もしっかりしており、往診した町医者も驚いていたという。
※中風……脳卒中
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