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しかしやんちゃな子の中には、「弱っちいのに、ぼっちゃんというだけで特別扱いは面白くねえ」と思う者もいる。
大人の目の届かない土手の桜並木で待ち伏せされ、「やーい、弱虫、泣き虫」とからかわれた。
傷つけるのはまずいとわかっていたようで乱暴こそされなかったが、一度は桜の木の枝に無理やり登らされ、降りられないまま放置されて、家の使用人が探しに来るまで泣いていたこともあった。
母が妹の千代と若い女中を連れて、豪華なお花見弁当持参で花見に出かけるのも、同じ土手の桜並木だった。
幼い倫太郎が「僕も行く」と言っても、「倫太郎さんはお家の跡継ぎだから、お勉強があるでしょ」と願いが叶うことはなかった。
倫太郎が十代になった頃、古くからの使用人の話を立ち聞きしてしまい、自分が母の実子ではなく、父がよそで産ませた子だと知った。
その頃にはもう母との関係に期待はしていなくて、「ああ、それならしかたないな」と妙に達観したものだった。三つ下の妹が生まれてからの、母の妹への溺愛ぶりも納得できた。
「倫太郎さんは跡継ぎだから」と言って遠ざけたのは、生さぬ仲の子や婚家への精一杯の意趣返しだったのだろう。
とにかく、桜には楽しい想い出がない。姉やとの別れも、桜の季節だった。
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