2. 姉や

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2. 姉や

 妻の糸子は姉やに似ていた。  姉やが内藤家に来たのは、倫太郎が四歳、姉やは二十歳(はたち)を少し過ぎた位だったろうか。  姉やは維新後身分を失った下級武士の家の出で、貧しい家族を助けるために内藤家に奉公に上がった。読み書きなど多少の教養があったことから、倫太郎のお守りを任されていた、と(のち)に聞いた。  内藤家は金融業、酒造業、炭鉱業、荷送り業などさまざまな分野で成功している、この地域で一番の豪商だ。  父は仕事で東京にいることが多かったが、帰れば「倫太郎、元気だったか」と頭を撫でてくれ、東京の珍しい菓子や舶来の玩具を土産にくれるので、母よりも近しく感じていた。しかし、そんな父は倫太郎が四歳になる前に、東京で流行病に倒れ亡くなってしまった。  倫太郎が成長し跡を継ぐまで、隠居していた祖父が事業を仕切ることになった。  後家となった母はより一層妹の世話に夢中になり、愛情に飢えた倫太郎を不憫に思った祖父が、姉やをつけてくれたのだ。  姉やは母と違って優しく、倫太郎のどんなわがままも聞いてくれた。  朝起きてから夜寝るまで一緒で、倫太郎が昼寝をしている間にたまに姉やが奥向きの使いで外に出ると、目覚めた倫太郎が「姉や、姉や」と泣いて探すもんだから、「まあ、これじゃちっとの間も外に出せないね」と奥を仕切る女中頭のお(たけ)さんは苦笑いしていた。
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