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ある春の日、倫太郎が姉やと手を繋いで川沿いの土手を歩いていると、早咲きの桜の下で、母と妹が若い女中達と広げた敷物に座り、ご馳走を詰めたたくさんのお重を囲んで花見をしていた。
姉やは倫太郎を傷つけまいというように身体で庇って見えないようにして、「ぼっちゃん、帰りましょう」と踵を返した。
「どうして母さんは僕を花見に呼んでくれないの?」
とぼとぼ歩きながら、倫太郎は姉やに聞いた。
「きっと、男の子はお花見なんて嫌いだと思われたのでしょう」
姉やは倫太郎の手をぎゅっと握って言った。そうなのかな? ご馳走が食べられるお花見は好きだけど……と倫太郎は思った。
姉やが倫太郎に言った。
「ぼっちゃんはこの土手の桜が満開になる頃、学校に上がられます。そうしたら、たくさんお友達を作って、お勉強も頑張って、えらいお人になってください」
「姉やは? 姉やは一緒に学校に行くの?」
「姉やはもう大人ですから、一緒には行けません」
「姉やがいなければ嫌だ」
倫太郎は駄々をこねた。
「困りましたねえ。では、この桜の木の元でぼっちゃんをお待ちしています」
姉やがまだ固い蕾の桜の木を見て言った。
「僕が学校から帰ったら、一緒なんだね」
倫太郎は目を輝かせた。
「はい……」
「じゃあ、勉強がんばるよ。帰ったら桜の花を一緒に見ような」
「ええ。一緒に見ましょうね」
倫太郎は桜の木を見上げ、満開になるその日を楽しみに思った。
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