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プロローグ&1
~プロローグ~
「……めっちゃかわゆい子だ~。」
幼稚園の教室で絵本を読んでいるかわいい園児を見て、同じ教室の手に花を持っている園児が声を上げる。
「おなまえ、なんていうの?」
絵本を読んでいる園児に花を持っている園児が話しかける。話しかけられた園児は突然話しかけられても時に気にする感じは無く、絵本に顔を落としたまま、答える。
「……ゆいしろ とおる(結城 透)。」
名前を教えてくれたことに嬉しさを隠しきれなくて、はしゃぎながら言う。
「わたし、あくつ せりか(阿久津 芹香)って言うの!よろしくね!透ちゃん!!あっ!透ちゃん、かわいいからお花とか似合うとおもうよ!これ、さっきのお散歩で摘んできたの!かわいい透ちゃんにプレゼントするね!!」
そう言って、芹香がニコニコ顔で花を差し出す。そのことに透は戸惑いながら言う。
「……ぼく、男なんだけど?」
「え?!」
突然の「女の子かと思ったら男の子でした」という事実を知り、驚きを隠せない芹香はしばらく固まると、焦ったように言った。
「じゃ……じゃあ、透ちゃんもおっきくなったらモジャモジャってなって、ブワァ~ってなっちゃうの?!」
芹香の言葉の意味が分からなくて頭にはてなマークが飛び交う透。
これが芹香と透のファーストコンタクトだった………。
家が案外近所だったので親同士の交流も生まれ、二人は仲良く育っていった………とは言い難い状況にある。なぜなら、芹香はどんどん成長し女の子の割には長身に育っていく中、男の子である透はなかなか身長が伸びにくく、どちらかというと同年代の男子の中でも低身長の方であることも一つの要因だったが、透は顔立ちが女の子にも見えるので、女に間違えられることもよくあるのだった。なので、芹香と一緒にいるとよく言われる言葉がある。
「あら!可愛いわね、妹さん?」
「幼馴染の男の子ですよ~。」
「えっ?!男の子なの?可愛いから女の子かと思っちゃったわ。」
「でしょ~。透ちゃん、めっちゃ可愛いんですよ!」
と、何度も姉妹に間違われるわ、芹香は透を悪びれなく可愛いという言葉を使うわで、透にとっては低身長と女顔がコンプレックスだった。
そして、成長していくにつれてどんどんと身長差ができていくほど、透は芹香を遠ざけるようになっていく。でも、芹香はお構いましに透に話しかけてきた。成長の過程で、芹香は中学の部活でバスケットボールを始めるようになり、活発な女の子に成長していく。反対に透は本が好きなので文芸部に所属していた。
やがて芹香と透は高校生になり、偶然にも同じ高校になった二人の関係はある意味大きな溝ができていた………。
そして、高校生活も残り短くなった三年生の冬………。
1.
「透ってば今日も可愛いわぁ~。」
芹香が学校の柱の隅で透を見ながら目の保養をしている。透は線が細く身長も160センチなので、170センチほどある芹香から見たら「可愛い子」という認識だった。目をキラキラと輝かせながら柱に隠れるように透を見つめる。隣にいる友だちの鈴本 真奈美は芹香の様子に呆れ気味で見ていた。
「芹香、毎回毎回思うのだけど、正直ただの変な人になっているわよ?」
真奈美がさらっと毒を吐く。
「だって、透ってちっちゃくて可愛くて……。そう!花よ!透は可憐な花なのよ!!」
芹香が握りこぶしを作りながら力説する。その様子に友人であり悪友でもある真奈美はため息をつく。
「その愛しの透くんがこっちに向って歩いて来ているけど?」
真奈美の言葉に芹香が反応する。そして、近くまで来た透に声を掛けた。
「おはよう!透!」
芹香が元気よく挨拶する。その芹香に透が一言投げかけた。
「……気やすく声を掛けるな、妖怪女。」
芹香が固まる。そして、芹香が固まっても無視して透はスタスタと歩いて行ってしまう。その様子に真奈美は固まっている芹香に声を掛ける。
「相変わらずクールよね~。可愛い顔立ちしているのに言うことはキツイわね。ほら、いつまで石化してないで私たちも教室に行くわよ。このままなら置いていくからね?」
そう言って、石化になっている芹香をコンコンと叩く。
いつもと変わらない日常だった。
芹香が透に声を掛け透に毒を吐かれて、真奈美がフォロー(?)する。
しかし、その日常に新たな新参者が加わってくることになるとは誰も予想していなかったのだった………。
教室に入り席に着く。高校三年生で芹香と透は一緒のクラスだった。朝のホームルームが始まり、先生が教室にやって来る。
「あー、まず最初に転校生を紹介する。おい、入れー。」
担任の言葉で教室のドアが開いて一人の女子生徒が入ってきた。テコテコと歩き先生の横に並び、ペコリとお辞儀をする。
「土方 芽衣くんだ。みんな仲良くするように!」
「はじめまして、土方芽衣です。よろしくお願いします。」
いかにも和風女子と言った感じのかなり小柄な女の子だった。身長もかなり低い。おそらく150センチは切っているだろう。芹香が芽衣を見て目がハンターになる。
(めっちゃちっちゃくて可愛い子じゃない!!リトルガールだわ!タンポポみたいなフラワーガールよ!フワフワ甘系のワンピースを着せて写真を撮りたいくらいだわぁ~……。)
そんなことを考えている芹香の顔に気付き、なんとなく恐怖感を感じた芽衣は芹香から視線を逸らす。
(……あの子からなんだかすごく良からぬオーラを感じるのだけど、気のせいかな?)
芹香の顔に気付いた真奈美が小声で言う。
「……芹香、転校性が怯えているからフツーになりなさい。」
真奈美の言葉に我に返った芹香が慌てて表情を戻す。だが、どことなく不自然さが漂っている。
(私ってばまた悪い癖が!!)
そう心の中で言って、なんとか頑張っていつも通りの顔にする。
昼休みに入ると、芽衣の周りには人だかりができていた。
「土方さんって身長いくつなの?」
「148センチです。私の家系はどちらかというと低身長の家系なので……。」
「でも、この時期に転校なんて珍しいよね?」
「はい、親の仕事の都合でこちらに急遽引っ越してきました。」
そんな会話を交わしている。そこへ、芹香が声を掛ける。
「こんにちは!芽衣ちゃん!芹香って言います!よろしくね!!」
背の高い芹香が片手を掲げて急に芽衣のことを名前で呼びながら自己紹介を兼ねてあいさつする。突然、声を掛けられて思わず身構える芽衣。さっきの良からぬオーラを思い出して後退りする。その様子に芹香が声を発する。
「え?私、なんかした??」
その空気に真奈美が言う。
「紹介の時に良からぬオーラ出していたからしっかり警戒されたわね。」
いつものクールさでさらっという真奈美。そして、警戒されてしまったことにショックを受ける芹香。二人の相変わらずのやり取りにクラスメイトが爆笑する。
そんなやり取りを横目に芽衣は本を読んでいる透のところに近づいていった。
「こんにちは。その本、もしかして『黒影シリーズ』の最新作?」
透の読んでいる本を指して芽衣が聞く。芽衣の言葉に驚きつつも透が応える。
「このシリーズ、知っているのか?」
「うん、私もこのシリーズ好きで今までの全部読んでいるよ!」
「へー。ちなみにこの中で誰が一番好きなんだ?」
「ん~、主人公の学者先生もいいけど、その助手が私は一番好きかな?先生に負けず劣らずのストイックさと先生の上を行く毒舌セリフがなんか好きなんだよね!」
「土方、いい視点持ってるじゃん。俺もこの助手が好きなんだよな。」
本の話で盛り上がる透と芽衣。それを見て芹香が心の中で叫ぶ。
(ミ……ミニマムちゃんが二人並んでおしゃべりしている!花畑だわ!ミニマム最高!!)
と、心の中で叫びながらトリップ状態になり無意識にスマホを掲げ、透と芽衣の写真を撮ろうとする。
「やめんか!!」
「ガフッ!!」
そう言ってトリップ状態の芹香に真奈美がハリセンをお見舞いする。
「あんたの可愛いもの好きはある意味ビョーキの域ね。治療の域ね。ハリセンより金属ハンマーの方が良かったかしら?」
さらりと怖い発言をする真奈美にクラスメイトたちは爆笑する。そこへ、芹香はこぶしを握り締めながら力説する。
「だって!可愛いいもの大好きなんだもん!あぁ!!大好きな可愛いものに囲まれて生活できたら、それ以上の幸せはないわ!!」
芹香がそう言って握りこぶしから祈るような手つきに変えて目をキラキラと輝かせている。
「まぁ、それはそれでいいけどね。ところで……」
「ん?」
目がキラキラモードでテンションがハイになっている芹香に、真奈美がある方向に指を差す。
「さっきから透くんがすごい勢いで睨んでいるわよ?」
真奈美が指さす方向を見ると透の顔が鬼の形相になりながら芹香を睨んでいる。鬼の形相になっている透を見て芹香が岩のようにピシっ!と凍り付く。
「とりあえず、退散するわよ~。」
そう言って真奈美が芹香をズルズルと引っ張っていった。
教室から出ていったことを見届けた透は芽衣に言った。
「悪いな。転校初日から嫌な思いさせて……。まあ、害はないから大丈夫だよ。」
ため息をつきながら相変わらずの芹香の行動に呆れていた。
(全く……。あの性格はなんとかならないのか?)
放課後になり、芹香と真奈美はバスケットボール部の部室に向かった。
芹香はバスケ部のエースでもある。そして、真奈美はマネージャーをしている。更衣室で着替えていると真奈美が芹香をまじまじと見ながら言葉を発した。
「また、身長伸びたんじゃない?」
「まあね、今172センチだよ。」
「また愛しの透君との身長差が広がったわけね。そして、二人の距離も広がっていく、と」
「クールに心をえぐるような言葉を言わないでよ!」
真奈美の言葉で芹香の頭に矢が突き刺さりながら反論する。そして、ため息を吐きながら空に視線を向けて、芹香の口からぽつりと言葉が出る。
「だってさ、ああいう風なポーズでいないと自分が壊れそうなんだもん……。」
その頃、透と芽衣は文芸部の部室で楽しそうにおしゃべりしていた。なぜ、透と芽衣が文芸部にいるのか?
放課後の時間に話は戻る。
「この高校って文芸部ってある?」
芽衣が透に恐る恐る聞く。その問いに透は驚いたような顔をするが答えた。
「あるよ。俺、文芸部だし。」
「ホント?!なら案内してよ!私、前の高校でも文芸部だったからあるなら入りたいんだ!」
「なら、案内してやるよ。」
と、いうことで文芸部に案内し、今に至る。透と芽衣が楽しくお話ししている時だった。芽衣がふと思い出して話をする。
「ねぇ、あの阿久津さんって人、いったい何なの?なんか、得体のしれないオーラがあるんだけど……。昔からあんな感じなの?」
芽衣は自己紹介したときに見た芹香の顔を思い出して鳥肌が立った感覚に陥る。透はその問いに呆れ顔で言う。
「まあ、一種のビョーキだな。昔から可愛いくて綺麗なものが好きなんだよ。だから、自分のドンピシャに当てはまる可愛いものを見ると意識がおかしな方向にいって行動が怪しくなるんだ。まぁ、害はないからその点は安心して大丈夫だ。」
「ふーん……。でも、透君は男の子なのに『可愛い』って言葉は辛いんじゃない?」
芽衣が透の心にズバッと確信を突く。透は芽衣の言葉に深い息を吐く。
「そうなんだよな~。男にその言葉がキツイってことが分からないんかな?それとも、こんな顔立ちの俺が悪いのかな……?」
そう言って、自嘲気味の顔をする。芽衣がその様子にフォローした。
「違うでしょ?透くんは何も悪くないよ。デリカシーのないことを平気で言う阿久津さんが問題なのよ!」
そう言い切る芽衣。その言葉を聞いて透は少し安堵の顔をする。でも、芽衣のフォローに感謝と同時に少し嫌な気分になる。
「今日はもう帰ろうぜ?そろそろ下校の時間だし……。」
そう言って透と芽衣は部室を後にした。
芹香は部活を終えて真奈美と帰る準備をして校門に向かっている時だった。遠くに透の姿が見えて声を出す。
「おぉーい!とお…………る?」
そこまで言いかけて、後から透を追いかけるように芽衣の姿を見た。二人は仲良くおしゃべりしながら歩いている。傍にいる真奈美が二人の様子を見て言う。
「あらま、あの二人一気に仲良くなったのね。」
芹香がその光景に口から魂が抜ける。それを見た真奈美が言葉を言い放つ。
「かなりの強敵出現で芹香ちゃんノックアウト。」
真奈美のフォローにもなっていない言葉に芹香が項垂れて小さく呟く。
「そりゃ、私より芽衣ちゃんの方がお似合いだよね……。」
少し悲しい顔をしながらぽつりと言うと、急に「パンっ!」と両手で顔を叩いて笑顔になった。
「帰ろっか!」
「……ある意味、芹香ってタフよね。」
「あはは、それはどういたしまして。」
「まぁ、別の意味で言うと単なるバカだけど。」
「あんたには優しさって言うのがないの?!」
帰り道でコントを広げながら笑い合う。でも、心の中では僅かに心の奥底でズキズキと痛みを訴えていた。
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