9衝動買いしたお雛様

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9衝動買いしたお雛様

 こそこそ、くすくす、ひそひそ。  くふふ、あはは、くすくす。  トイレに行きたくて、真っ暗な階段を手探りならぬ足探りで降りようとしたときだった。  小さいけれど、楽しそうな声が階下から聞こえてくる。  頭の中に浮かんだ「泥棒」の二文字。  子供っぽい声だけれども、もしかしたらカモフラージュかもしれないし、どうしよう。  まごまごしているうちに、不覚にも足を滑らせて、ずるずるずる、どすんと派手な音をたてて階段から転げ落ちてしまった。  一階で寝ていた両親が「どうしたの?」と電気をつけて、不格好に壁にもたれかかり「いててて……」と打ちつけた肩をおさえる俺を見て「電気ぐらいつけろ、危ないから」と父が心配そうな顔をしてのぞき込む。  笑い声はとうに聞こえなくなっており、一体なんだったのかと思いながらトイレで用を足して部屋へ戻り、昼まで熟睡した。  焼きそばのにおいがして目が覚め、ご飯よと呼ばれる前に降りると、玄関にガラスケースに入ったコンパクトなひな人形が飾ってあることに気がつく。男雛と女雛に三人官女、五人囃子がころころとした丸いフォルムでちょこんと座り、すましていた。  かわいいから衝動買いしちゃったのよと、母がうれしそうに言う。  息子しかいねえじゃんと突っ込むと、かたかたという音。  ケースの中で、いっせいに、人形たちが俺を睨んでいた。
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