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万引きGメンと店長に対し、老婆はしくしくと涙を流して、違う、違うと己の行動を否定する。どこが違うんだと言い返しても、わざとらしく肩をガクガク震わせ、ひいひいと怯えてばかりだ。
「パパとママが来てくれるわ、お誕生日のお祝いにみんなで食べるご馳走を用意したら、きっとピカピカの車で来てくれるわ。だって、私がお買い物をしたらパパとママが後でお金を払ってくれるんだもん、いつもそうしているんだもん。だから私は、お財布なんか持ったことがないの。そんなもの持たなくても、パパとママが全部買ってあげるからって。ねえおじさん、パパとママに電話して。お願い、ねえ、お願いよぉ」
老婆が厚ぼったい、茶色いコートのポケットから、電話帳らしき小さなメモ帳を取り出す。
表紙には、平成へと元号が変わって間もなく倒産した、建設会社の名前が銀色の顔料で印字されていた。
深緑というよりも黒にちかいそれは、紙も黄色く変色して、紙魚がついばんだ跡がぽつぽつと見て取れた。
「ねえ、パパとママは駅前にある大きなお家で、私の帰りを待っているの。お迎えに来てくれるでしょうから、おじさん、電話して。パパとママはここにいるわ、ここにいるから、ねえお願い」
老婆が言う大きな家はすでに跡形もなく、今はタワーマンションが建っており、一部の富裕層が暮らしている。
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