おかあさんのオムライスは世界一

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拝啓 文雄様  あたたかな陽射しを受け、土の帽子をはらい、草花が道端に彩りを添えています。  もうすっかりと春ですね。  そよ風が、美しい桜の花弁をそよそよと運んでいるさまは、あらたな門出を迎えるにはもってこいでした。  今日は奏太(かなた)の入学式だったのですよ。  貸衣装のスーツに身を包み、ちいさなからだに不似合いな大きなランドセルを背負って、私と一緒に坂の上の小学校まで一生懸命歩いていきました。  校舎の頭がうっすらと見える校門へ続く桜のトンネルは、奏太にとっては余程圧巻だったのでしょう。しばらくその場で目を見開いて立ち止まったまま、あっけに取られていました。  私がくすりと微笑んで、遅れるわよ、と言うと「おとうさんも見てくれてるかな?」とにっこりと笑っていました。  私は、ええきっと見てくれているわ、とこたえました。  あなたが遠い所から彼を見守ってくれていることを、奏太はきちんと理解しています。とても賢い子です。そして、とてもあなたを慕っています。  ランドセルを買ったときです。いまはランドセルのカラーもとても豊富なのですね。私達が子供の頃は黒と赤しかなかったのに。あまりの多彩さに驚きました。奏太は最初、青色がいいと言っていたのです。SAMURAI BLUEの青です。あなたの好きなサッカーの日本代表の色からイメージしたようです。私も本人の望むものならと思っていました。ところが買う時になって、首を傾げはじめました。そして、おもむろに私にたずねたのです。 「おとうさんは何色が好きだった」と。  私は、おとうさんは山や森の自然がとても好きだったから緑色を好んでいたわ、と言うと奏太は緑色のランドセルを選びました。  あなたの好きな色を使いたい。あなたの好きなスポーツをしたい。あなたの好きな食べ物を食べたい。奏太はいつもそんなことばかりです。  私は奏太があなたのことを言う度に少し寂しくなります。そんなとき私は余程暗い表情をしているのでしょう。 「でもおかあさんが一番好きだよ」と奏太は言ってくれます。  子供にそんなことを言わせてしまうなど、親失格だと思います。しかし同時に魔法の言葉でもあります。奏太がその言葉を使うと、私はいつも奏太を抱きしめます。奏太を通じて、あなたにも慰められている気がするからです。  奏太のランドセルの代金は、あなたの遺してくれたお金から使わせてもらいました。奏太のためのお金ですので、ご容赦ください。  昨今は物価も高騰し、パートの稼ぎだけではなかなか奏太にいい暮らしをさせてあげることができません。それだけは本当に申し訳なく思っています。  私は今日くらいは外でご飯を食べようか、と言いました。でもあの子は外で食べるご飯より、私のご飯が良いと言うのです。  リクエストはオムライス。  本当にどこまでもあなたの好物が好きな子です。  奏太は私のオムライスは世界一だと言います。  あなたが聞いたら笑うことでしょうね。  お店で提供するような、ふわふわしたオムライスではないのに。不器用にチキンライスを包み、丸い穴もところどころある不恰好なオムライスなのに。  でも彼はそれを世界一だと言ってくれます。  やさしい奏太。彼は本当に私の宝です。  今日もいつもと同じように不恰好にしか仕上がりませんでした。穴の数はいつもより多かったかもしれません。それでも奏太は美味しい、と言ってくれました。  私はとても幸せです。  貧しい暮らししかさせてあげられない。私はそれを引け目に感じています。本当に申し訳ないと。でも奏太は私と違い、卑下することはありません。  賢くて、やさしくて、そしてたくましく、奏太は成長していますよ。  私は身を粉にして、あの子を立派に育てあげてみせます。あなたが私達を不安に感じることがないように、きっと立派に。  今日もそろそろおしまいです。夜空には弓のような三日月が浮いています。裏山も今日は風がないから、ひっそりとしています。  奏太がいつものように、仏壇の前で正座して、あなたの御位牌に手をあわせています。 「おとうさん、おやすみなさい」  日課をこなして、布団に入りました。寝つきの良さは昔から変わりません。もう寝息をたてています。  こうして、寝顔を眺めていると、あの日のことをまざまざと思い出します。  あなたを失ったあの日のことを。あの日、奏太はまだ赤子でしたね。  大きくなりました。利発そうな目元は本当にあなたにうりふたつです。遺伝とは罪ですね。奏太が成長していくほどに、私はあなたに恋焦がれた私を思い知らされるのでしょう。  でもあなたの遺伝じゃない切れ長の鼻は嫌い。  あなたが選んだ切れ長の鼻は。  文雄さん、安心なさって。  あなた達に代わって、奏太は立派に育ててみせるわ。  追伸  お二人のご遺体と凶器はまだ裏山の奥ですわ。緑に囲まれてうれしいでしょ。  
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