春に線香花火

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 また沈黙が流れるかと覚悟すると、予想に反して部屋の中に笑い声が起こった。自分を嘲笑する訳でも自嘲する訳でも無い、正しい笑顔。患者の笑みが私に伝播して、声も憚らずに、二人は全て出し切るまで笑い続けた。 「今の笑う所でしたか?」 「アンタも笑ってるじゃないか。そうか、俺達は、孤独の仲間だったんだ」  意味は分からないが、患者に笑顔が戻ったのは素直に喜ぶべきだろう。このまま死んだんじゃ浮かばれない。ついでに私も救われない。 「なあ、先生の墓の件、受け入れてもいいぜ」 「……てっきり引かれるのかと」 「いや引いてるよ。今もな」  うわーと過去の記憶がフラッシュバックして頭を抱える。これは今後数十年間頭に三角コーナーに隠されていたカビみたいにこびり付いて取れない黒歴史になるなと確信する。 「でもさ、誰かの心に無理やり居場所が出来るなんてさ、案外悪くないんじゃねえなって思ったんだ。エモいだろ?」 「エモい……?」 「にはちょっと難しい単語だったか?」 「んな……!」  反論しようとして、そういえばそういう設定だったと思い出した。後少しで「叔母さん」を「おばさん」と指摘されたと勘違いして否定する所だった。患者は何故か寂しげに微笑んだ。  瞬間、患者の右手が私の左手を掴んで、手を繋ぐ格好になった。仄かに暖かく生命の律動を感じる。  まだ生きてる。当たり前だけど、そう思った。 「アンタが死ぬまで俺を忘れない、そういう自堕落な契約をしよう。誓約書は、俺の墓でいい」 「……そんな契約、聞いた事無いですよ」 「でも、面白いだろ?」  風が止まって、窓に打ち付けなくなった。  温もりを共有する様に握る力を少しだけ強めた。  季節もやっぱり、関係なかった。  二人が寝るまで、そうしていた。
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