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彼の意向を尊重して葬式は行わず、火葬式だけにした。恐らく彼は葬式を開いても誰も来ないと思って止めたのだろうが、私が出席するので一人にはならなかったのに、と思った。
骨を一人で集めて、火葬式プランの中で一番安い骨壷に入れた。そして持って帰った。祟ると言っていたのに彼は一度も私の前には現れなかった。
私は彼の墓石を買おうかとネットで情報を漁っていると、電話がかかってきた。私に電話するなんて病院から以外に考えられなかったので、その声が知らない男の声だった時内心ビックリした。
「お墓の準備が出来ておりますが……」
彼は既に墓石を決めて製作を依頼していた。火葬式と同じで一番安く、シンプルなデザインの墓だった。墓を作るのには数ヶ月かかるので、私の為というより、誰かには墓参りして欲しいと思っていたのだろう。全く、いつの間に私を依頼主にしていたのだろうか。
私は自分の庭、それも父に植えられた桜の隣にお墓を建てる事を決めた。本来は近所から苦情が来るものだが、父が買った馬鹿広い庭がこんな形で役に立つとは思わなかった。
墓が建って、納骨して、彼と私の契約が果たされた。黒色の墓石だ。見たくなくても目立つし、桜の景観もぶち壊しだ。でも桜ももう散り終えて、花びらが地面に落ち零れていた。
私は庭でたまたま見つけた四葉のクローバーを墓に供えて、黙祷した。そうしても意味は無いけど、祈りたい気分だった。
温い風が頬と長髪に靡いて、欠伸が出る。
季節は巡っていく。私の抱えた秘密も言いたかった事もいずれ薄れて、消えていく。
でも、彼の事は忘れない。他の何を忘れても。おばあちゃんになっても。それでいいと思えた。
自己満足でも独り善がりでもない。
彼との契約を選択した、私のエゴだ。
いずれ後悔しても、それも全て私の選択だ。
昨日の雨で出来た水溜まりを躱して、私は倉庫から線香花火と黄色のライターを取り出す。無理やり付き合わされた飲み会の余興で買った物で、湿気っているかと危惧したが、まだ使えそうだ。
もう一度彼の墓の前に立ち、線香花火に火をつける。パチパチと花火特有の音と、鼻につく火薬の匂いがする。
「言い忘れてましたけど、私も桜嫌いでしたよ。理由は種明かしと一緒にそちらで話しましょう」
もういなくなってしまうから、心の負担になってしまうからと言えなかった事、あっち側ならきっと言えるだろうから。
春に線香花火が、誰にも見られず、淡々と、それでいて美しく光っていた。私はもう一本花火をつけて、墓に線香として立てた。
「さようなら。湊くん」
線香花火の火花が、雨に濡れた桜の花びらに当たって、燃え移る前に消えた。
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