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「俺の寿命は、後何日だ?」
「正確な日数は分かりませんが恐らく、長くは無いかと」
溜息が患者から漏れる。やせ細った肢体がベッドの上に置かれていて、一目で異常な状態なのがわかる。患者の両目は、無い。患者の両目には白色の包帯が巻かれていて、もう光を見ることは無いだろう。見るだけで痛々しい。
季節は春になって、空気に暖色が混ざった様な感覚になる。私は勤務先の病院へ電話をかけ、今の現状を報告する。次の指示を仰ぎ、薬缶に水を入れて火を沸かす。
「なあ、先生。どうして俺を病院からアンタの家にお引っ越しなんてさせたんだ?」
患者を私の家に運んで最初にされた質問を思い出す。理由は様々あるのだが、真実を告げる訳にもいかず、『私は貴方の叔母であり、冷たい病院で息絶えるよりも、暖かく幸せな場所を提供してあげたい』と堂々と嘘をでっち上げた。
患者は一度考え込んで、それから納得したフリをしていた。現に私の事を叔母さんとは言わないし、表情が疑念を象っていた。私がその事につっこむと拗れるのが目に見えるので何も言わないし、言えない。
患者が家に来て、一週間。
あと何日生きられるのかは、神様次第だ。
様々な病気が複合的に宿っていて、ホスピスケアに移行するしかもう患者にしてあげられる事は無かった。
「お茶沸きましたよ」
「ああ、ありがとう」
湯呑みに注いだお茶を、私はゆっくり患者に飲ませる。私と同じ二十代後半とは思えない弱々しい喉。病的に白く、握ればひしゃげてしまいそうだ。
その有様から目を背ける様に、窓の外から見える庭を眺める。太陽は雲に隠れて、春とは思えぬ寒風が家に入り込んでくる。患者の身を案じて窓を閉めて、またお茶を飲ませる。
「ありがとう」
患者が感謝の言葉を言う度に、私は嬉しくなる様な、それでいて悲しくなる様な情緒が芽生える。芽生えはするが、その感情に水を与えて成長させようとすると途端に罪悪感と後ろめたさに襲われて、枯れ落ちる。そしてもう育てないと心に決めるのだ。そんな内心を何度を繰り返している。
「先生、アンタの苗字は渡辺だったか?」
「はい、そうですが……」
「記憶が曖昧になってきたんだが、確か渡辺って苗字は日本でも十本の指に入る位に多いらしい」
「それがどうしましたか?」
患者は咳き込んで、咳払いする。
「いや、なんでもないんだ。無駄な話を1秒でも長く続けて、死ぬなんていつか現実になる絵空事を考えていたくないだけさ」
風が一層強く吹いて、窓を叩いた。
患者の体がより一層青白くなった様に感じて、患者の手を握った。
患者が寝るまで、そうしていた。
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