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広い庭に四季折々の花が咲き乱れること以外何もない、人も家も古いだけの、山村だった。
――『秀さん、このツバキ、とても綺麗に撮れていますね』
小さな手のなかの一枚の写真。一面の銀世界。落ちた真っ赤な海石榴艶やかな黒髪に積もりたての雪のように白い肌。猫のように大きな瞳——そんな幼く可憐な少年の姿が、ノイズのようにちらついた。
「くそ、また思い出した……!」
秀は小さくかぶりを振った。どうして思い出すのだろう。陰気なだけの田舎のことなんて早く忘れてしまいたいのに。
「……そういやなんであの時、カメラ欲しがったんだっけ」
手元のカメラに視線を落として、ふと、浮かんだ疑問が口をついて出た。当時のことを忘れ去ろうとしすぎているのか大事な記憶まで欠落することが増えている。いつか売れっ子になってインタビューを受けたとき答えられないと困るな、と脳内で茶化しながら、しばし考え込む。
たまたま撮影した写真を褒められて調子に乗った、という子供にありがちなエピソードを想像してみたものの、そもそも親に褒められた記憶があまり無い。学校のテストは百点以外は見向きもされず、スポーツが得意だというと「それが何の役に立つ」と鼻で笑われる。
中学生を対象とした写真のコンテストで賞を貰ったことがあったけれど「ふうん」と一瞥して終わるような両親だった。祖父は地元の有力者、家はなまじ裕福で、常に優秀な兄二人だけが称賛され、家にも学校にも居場所の無い、非行少年まっしぐらな少年時代だったように思う。
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