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それでも秀が道を踏み外さずに済んだのは、たった一人、絶対的な信頼を寄せる友が近くにいてくれたからだ。
『大丈夫です、秀さん。俺がずっと傍にいます』
——結局、その唯一の心の拠り所さえ失って逃げるように家を捨てたのだが。
「……ハァ」
今日は嫌なことばかり思い出す。
ちゃぷちゃぷと浅瀬に足を浸してみしゃがみこみ、水面を覗き込むと、疲労の滲んだ自分の顔が映り込んでいた。ライトブラウンの短髪に、実年齢より幼く見られがちな容貌は決して悪くはない。
右耳に六つ空いたピアスは、高校時代イキった時の名残だ。当時の先輩に、半端な吊り目が生意気で揶揄いたくなる、と言われたこともあった。今年で二十一歳だから、もう三年以上前の話であって、今は多少大人びたと信じたい。
空を見上げて、嘆息する。そろそろ帰らなくては上司が心配してしまう。立ち上がった秀は、ふいに、小さなカーブを描く波打ち際の対面に、秀のようにぽつんと孤独に佇む人影を見止め、目を奪われた。
「……」
思わずカメラを構えた。
逆光で顔立ちはよく見えないが、細身で長身のモデルのようにスタイルの良い男だった。フェリーの最終便が入港したばかりのはずだ。泊りの観光客なのかもしれない。
――撮りたい。
カメラマンとしての自分が疼いた。先ほどまでの秀と同じように、ぼんやりと夕日を見詰めている。幸い秀の方には気づいていない。
一枚だけ。カメラに収めるだけ。
そう自分に言い聞かせ、指先に力を込めた瞬間、男がこちらを見て、秀は目を瞠った。
「……秀(すぐる)、さん?」
「……は?」
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