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その原因が分からないのだろう、雪彦が珍しく当惑している。これまでは秀の機嫌なんて容易く手のひらの上で転がせていたので、類を見ない秀の頑なな態度にどうしたらいいのか分からないのだろう。焦れたように机を叩いている。立ち行かなかなくなった時に見せる、彼の昔から癖だ。
「あの」
「なんで」
「え」
「なんで、俺のこと庇ったんだよ」
俯いた秀が声を押し殺して呟く。雪彦は意図を拾いかねて形のいい眉をひそめた。
「なんでって、あなたに怪我なんてしてほしくなくて……」
「だからなんで?」
雪彦は小さく嘆息して、聞き分けの悪い子供に言い含めるように言う。
「……昔、約束したでしょう。あなたのことは俺が守ると」
秀はすぐに言葉を理解できず、一拍おいて顔を上げた。
唖然とした。
雪彦は、穏やかな——何かを諦めたような顔で、こちらを見ている。
「もう、それも許されないみたいですから。最後にあなたの盾になることが出来て、嬉しかった」
「……何言ってるんだよ」
声が震えた。訳が分からなかった。
突き放しておきながら、歩み寄ろうとしてくる。日々の生活も、嗜好も、秀を優先する。世話を焼いてくる。挨拶は欠かさない。気さくに冗談を言う。抱き枕にしてくる。口うるさい。終いには、自分の身を顧みずに秀を救おうとした。当たり所が悪ければ致命傷にだって成り得たのに、平然としている。彼が何を考えているのか、全く理解できない。
秀はぎり、と歯噛みして、勢いよく雪彦に掴みかかった。
「なんなんだよお前……っ!」
「す、秀さ——」
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