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「だってお前の、アレ、嫌がらせみたいなもんだろ?」
秀が『そういうこと』を嫌いだと分かっていたのに、『そういうこと』をした。
雪彦はゆっくりと秀の腕を開放し、視線を逸らして考え込むようなそぶりを見せた。やがて信じられない、と言った様子で首を左右に振り、呆れたような顔をしたあと、溢れる秀の涙を指先で拭った。
「早とちりが過ぎます……言ってくれれば、こんな……いえ、というか、あなたの考えが本当に理解できません。何で口づけを嫌がらせだとか思ったんです。嫌いな人間にするわけがない」
「は? お前こそ理解できねーよ。俺がそういうの冗談でも無理だって知ってただろうが」
「……稔さんの件で、ですよね。いや、そうか……それは分かってました。でも、魔が差したというか、いけるかなと思ったというか……」
「荒療治のつもりだったって?」
「違います、そうではなくて」
「じゃあ何で……!」
詰め寄りながら、なんでこんな話になってしまったのだろうと内心で頭を抱えていた。お礼を言って、注意して、それで終わりに出来たはずなのに。これまでのことは全て忘れて、もう話題にするつもりもなかったのに。今更知ったところで意味なんてないのに。
互いの意見をぶつけ合ったところで、雪彦と仲良く過ごす未来なんてないのに。
つくづく、雪彦の前だと短気で頑固で子供っぽい、素の自分が抑えられなくなってしまう。それがまた情けない。
雪彦はため息を吐くと、僅かに眦を下げ、すすり泣く秀の頬を包み込むように撫でた。
その優し気な手つきに驚いて、秀は呼吸を忘れる。
「なんでなんでって、言わなきゃわからないんですか」
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