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雪彦は視線を彷徨わせた。動揺している。あの雪彦が。
夜の虫の声がうるさい。同じぐらい、心臓の音もうるさい。
少しの間まごついてから、ため息のような声を漏らして囁く。
「好きなんです。秀さん、あなたのことが」
——何を言ってるんだ。
「……なんで?」
驚きのあまり涙が止まって、口から飛び出たのは間抜けなセリフだった。
それを聞いた雪彦が意外そうに眼を丸くして、しっかりと秀に目線を合わせて顔を覗き込んでくる。
「……それだけ、ですか?」
「は?」
「嫌じゃないですか、こういうの」
「…………あれ、いや」
どう答えたらいいか分からずに硬直する秀に、雪彦は「愚問でしたかね」と困ったように笑った。
秀の丸く瞠った瞳から、ぽろりと最後の一滴がこぼれ落ちる。それをすくいあげた雪彦は、また考え込んだ。
「さあ……最初は弟みたいなものでしたが、放っておけないなと思っているうちに、いつの間にか。それを恋心だと自覚したのは、俺だけ中学に上がって離れてる時間が多くなってからだったかな」
「……」
「でも、あんなに尽くしたのに、あなたは俺を捨てた。それだけは許せなかったんです。傍においてくれると約束したのに、あなたは俺のいない土地に居場所を見つけて——俺なんて、もういらないんだと思って」
一緒に海を見下した時はそのことを言ったのだと、雪彦は語る。
「……分かりづらいんだよ、お前」
てっきり、彼を召使いのように扱っていた件だとか、沢島の仕打ちのことだと思っていた。
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