11.哀しきあの夏の思い出よさらば

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「あの家じゃあさ、俺よりお前の方が大事にされてた。お前もなんだかんだあの家に馴染んでたし、ずっと俺の方がいらない存在だよなって思ってた。で、あんなことされて、お前から離れようとしたわけだけど……お前を追い出して、お前の幸せとか平和な生活ってやつを奪うのは嫌だった。お前に嫌われるような真似したのは俺だし、全面的に悪いのは俺だし」 「……へえ、つまりあの頃から秀さんも俺に惚れてたんですね」 「たぶんな」  平然と笑って返すと、雪彦は虚を突かれたようにたじろいだ。  少しずつ、今になってやっとこの男の扱い方が分かってきた気がする。  秀は足元の砂を蹴散らしながら口元がにやけそうになるのをこらえた。 「ずっと気づかないフリしてたけど……まあ自覚したから余計に離れなきゃって思ったんだよな。言ったら流石にお前でもキモがるだろうし、っていうかもし流されて受け入れられたらヤバイなって」 「俺、そんなに色々と緩そうに見えますか?」 「緩いっていうか……俺限定でホイホイなんでも言うこと聞くじゃん。なんか昔から無条件に俺を甘やかすだろ? その甘さにずるずる依存して、お前の将来とか自由とか、全部俺が奪って、縛り付けちゃうのを想像したらもう色々無理だった」 「……否定は、できないです」 「だろ?」  秀のためなら嫌いな食べ物も好きなフリをして食べる。エイプリルフールの分かりやすい嘘に引っかかる。色違いの物を買い与えられたら秀が好きじゃない色の方を選ぶ。  こういった雪彦の自然な振る舞いは、傍から見れば己を殺して主人を立てる従順な僕のそれだ。  でも実際は違う。雪彦自身の好意による忠誠の賜物だった。
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