11.哀しきあの夏の思い出よさらば

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 遠い眼をしてはにかむ秀を、雪彦が眩いものを見るような眼で見て、微笑みを返してくれる。  ずっと一人で留守番だった雪彦。この町が気にかかったのも必然で、地元を離れて過ごす彼に、母親の故郷を彼自身に見せたいと思ったからなのかもしれない。  でも、もう、雪彦のためだけの写真は要らない。二人で共に見た景色を、それぞれの記憶と瞼に焼き付けていけばいいのだ。  今なら、彼と一緒なら、自分の思い描くままの写真を撮ることが出来る気がする。 「今度は俺自身を連れて行ってください。あなたが俺に見せたかった景色のある場所に」 「ああ、一緒に行こうな!」  夜明けが来て、砂浜がほのかに赤く染め上げられてゆく。  伸ばされた雪彦の腕にとらわれながら、幸せを目いっぱい噛み締めて頷いた。  実家のこと、雪彦と自分の将来のこと、不安はまだ少し拭えない。  でも、これから先はずっと雪彦が共にいてくれる。それだけで何もかも、どうにか乗り越えていける気がする。  ここに至るまでがそうであったように。  もうきっと、あの夏の日を思い起こして、後悔して、自己嫌悪に陥るようなことはない。  雪彦の顔も実家のことも、大事な思い出の一つとして受け入れていける。  少しずつ夜が明けていく。  二年の時を経て再会した二人は、今度はどちらも逃げ出すことなく、並んで同じ速度で歩み始める。  再会の地で、二人の明るくて前途多難な”これから”が、始まる。  
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