だし巻き玉子

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だし巻き玉子

「ん〜! 美味しいっ」  僕は口に頬張ったものを咀嚼しながら、頬に手を当てる。  プリプリの食感、噛むとじわりと溢れる出汁の味、嚥下するとつるりと喉を通っていき、胃のあたりがほわりと温かくなる。  僕はほう、とため息をついた。 「やっぱタカの作るだし巻き玉子は最高〜!」 「そう? 良かった」  穏やかな顔で微笑むタカも、ひとくちそれを口に運ぶと、うん、と笑う。  タカが作るだし巻き玉子は、普通のだし巻き玉子じゃない。大きさが大人の手のひら二つ分はある、超特大だし巻き玉子だ。一体いくつ卵を使ってるんだよと思うけど、美味しいから許す。お祝いのために作ってくれたんだし。  僕はこの四月から晴れて社会人だ。これからはタカにおんぶ抱っこじゃなくて、僕もタカを支えられるようになるからな! 「アタル、きみはまだまだひよっこなんだから、あまり気負わないで」  心の中で拳を握って気合いを入れていたら、見事に見透かされた。僕にとって理想の恋人であり、理想の上司で師匠になるタカには、本当に敵わない。 「あ、あはは……。だって、こんなに美味しいもの作ってくれたなら、お返ししたいと思うじゃないか」  僕がそう言うと、タカはまたふわりと笑う。 「急がば回れだよ。僕たちは職人だからね、技術はちょっとやそっとじゃ身につかない」 「分かってるって」  やっとタカと同じ仕事ができる、と息巻いていた僕に釘を刺すタカは職人モードだ。専門学校を出たとはいえ、僕はまだまだひよっこどころか、たまごから出てもいないかもしれない。  柔らかで繊細で、それでいて力強い音を出す、アコースティックギターを作る職人。それが僕たちの職業だ。優しそうでいて厳しいタカが作る楽器は、そんなタカの性格が反映されているのかもしれない。 「さ、食べよう」  僕は頷くと、またひと口大にだし巻き玉子を箸で切って、頬張る。ケーキが苦手な僕へのお祝い。料理の面でも、僕はタカから学ぶことがたくさんありそう。  出汁のしょっぱさとほんの少しの甘さが、また僕の口元を綻ばせた。
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