第1話 伏龍の決意

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第1話 伏龍の決意

「そうか。いよいよ危ないのじゃな」  氏真は静かに目を伏せて呟くと、様々な思いが胸をついたのか、目を閉じたままぎゅっと眉根を寄せてそのまま口を閉ざした。対面する勝悟も、氏真の気持ちを推し量ったように、ただ静かに澄んだ目で真っ直ぐに見つめていた。  氏真は今年還暦を迎える。だが蹴鞠で鍛えたその肉体は、背筋をピンと伸ばした美しい姿勢を保ち、腹部は見事に引き締まっている。その姿は初陣を迎える若武者にも負けないように見えるが、残念なことに民を思う優しい心が邪魔して、その優れた肉体を生涯一度も戦場で使うことはなかった。  当代きっての文化人として生きることで、源氏の流れを汲む名家に生まれながら、名将と謳われた父と違って、次々と現われた覇者の死を見送るだけの人生だった。秀吉危篤の報に、万感の思いを胸に抱いたようなその姿は、同じ時代に生きた英雄を再び見送らねばならないという皮肉な思いもあるのだろう。 「勝悟殿も難しい立場に置かれますな」  再び目を開いた氏真の口から出た言葉は、自連の政治的立場を憂うものだった。 「私がというより、自連がですね。今の代表は長安(ながやす)殿ですから」  勝悟の訂正に、氏真は確かそうじゃと口走りながら頷く。
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