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「分かったよ。もうここには俺の居場所はない」
太郎は言い終わると、碧に背を向けて部屋を出て行った。最後まで碧と目を合わせることはなかった。
碧は拳を振り上げて机を思いっきり叩いた。目から零れた涙が書類を濡らす。
「しっかりしろ私! こんなことで立ち止まってたまるか」
誰もいない空間で、碧の言葉が力強く響いた。
頼みにしていた碧に突き放されて部屋を出た太郎だったが、失意や怒りは不思議なほど感じなかった。ただ、このままでは志摩を失ってしまう。歩いていると、その焦りだけがどんどん肥大化していった。
また悶々とするだけだと分かっていたが、他に頼る当ても既になく、太郎の足は仕方なく長屋に向いていた。自分の宿舎の前まで来ると、女が立っていることに気づいた。女は志摩だった。
太郎は慌てて周囲を見回し、梨音がいないことを確認すると、志摩に会えた喜びで笑顔が浮かんだ。
「どうしたんですか志摩さん」
声にも力が戻ってきた。
「太郎さんに会いたくて、梨音さんが目を離した隙に抜け出してきました」
太郎には、志摩の目が潤んでいるように感じた。
「志摩さん、とりあえずうちで話しませんか」
いつ梨音が志摩を探して現われるかと思うと、太郎は落ち着かなかった。とりあえず身を隠したくて誘ったわけだが、志摩は頬を紅くして頷いた。そのわけに気づいて、太郎はいきなり緊張した。
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