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天海は笑うのをやめ、真剣な表情で答えた。
「我らに嫌はない。しかも希望通りの条件ゆえ、もう交渉することもない」
「では約定を」
用意がいいことに三成は譲渡証まで準備していた。互いに署名して血判を押す。
「それではこれにて」
三成は世間話一つすることなく、さっさと会場を後にした。
後に残された天海は、ゆっくりと帰り支度を始める。
京への帰路で、天海は今日の会談を振り返っていた。
こちらにとって四苦八苦の末に臨んだ会談であったが、石田三成には数多い政務の一つに過ぎなかった。驚嘆するべきは、天海がこの結果を持ち帰ったとき、敗者として立場を失わないよう譲渡金の額を設定したことだ。相手の分を立て、自分たちも利益を得る。交渉の基本を、あの無愛想な切れ者はきちんと踏まえていた。この我欲のない不世出の大器が政務を執る以上、北近江はますます発展し民が暮らしやすい町ができあがるだろう。
問題は自連が発展することではない。その反映を周辺の民が羨み、自連の民に成りたいと望むことだ。
民が治める国、その心地良い響きを実現した例は、戦国の世にもいくつか存在した。武力によって領主を排除し、民の代表が自治権を持つ。今の自連と形は同じだ。だがその全ては失敗し、民は再び支配を望むようになる。
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