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「桜?」
地面にはらはらと舞い落ちた花びらは、紛いもなく桜だった。
ひらり。また一枚、落ちてくる。すっと落ちてきた方向へ目を向けると、またさらに、ひらひらと舞ってくる。
俺は、気づけば誘われるようにそっちへ、花びらが現れた神社の奥、植物が生い茂った方へ足を向けていた。
「――さ――、――て、行―――め!」
向こうで、誰かの声が聞こえた気がしたが、頭が、靄がかかったようにぼんやりして何を言っているのか聞き取れなかった。それに、それよりも花びらが、どこから来たのかが、無性に気になってたまらない。
「――って! ――だよ!」
腕を引っ張るように掴まれるが、振り払う。
ほどなく、ぱっと開けたところに出た。そこには木の柵に囲われた中心に、大きな、見たこともないほどの大きな桜の木。
風で枝が揺れて、その動きとともに先程のと同じ、薄桃の花びらがひらひらと舞い落ちる。月明かりが木を照らしていて、ぼんやりと淡く、柔らかな色に発光しているかのようだ。圧倒されて、美しい、以上に言葉が出てこない。
「綺麗だ……」
もっと近くで見たい。もっと、もっと……
一歩一歩近づき、木の柵を乗り越えようと、足を掛けた。その瞬間だった。
「――だめっ!」
ぐっと、肩を押された。片足を柵にかけるという不安定な格好をしていたのもあって、俺の体はぐらりと揺れて、後ろに倒れ込んだ。
「……っ、早紀!?」
高い、断末魔のような絶叫で、目線を上げた。桜の枝が、ありえない方向に、曲がっていた。早紀を包み込むかのように。
俺を突き飛ばしたのは、早紀だったのだ。頭の靄は取れていた。
ぐちゃり。肉を引き千切る、嫌な音が、この静寂に満ちた空間に鳴り響いた。枝に包み込まれた早紀の体は真っ赤だ。そして、彼女の目の焦点はどこも捉えていない。口は大きく開かれたまま。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ふっと、そこで意識は途切れた。
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