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1★
安いホテルの、ぎしと鳴くベッドの上で激しく自分の中を貫かれ、宮東郁はそのしなやかな背を反らせた。
「んっ、ね、もう、いきたい」
短い息をしながら郁が自分に覆いかぶさり腰を振る男を見上げる。男は、俺も、と郁の脚を抱え直した。
「もっと深いトコ、擦ってやるよ」
「ちがっ、そっちじゃなくて! こっち、触って、くれなきゃ、いけない……!」
郁が自らの胸に指を寄せる。すると目の前の男があからさまに面倒そうな顔をした。それでも、一度ため息を吐いてから、仕方ないという手つきで胸に触れる。先端を弾き、その後で摘まむように愛撫される。
「あ、あ、いい! ん、いくっ……」
「待てって、勝手にいくな! んっ……!」
郁が白濁を吐き出すと同時に最奥をきゅっと絞めてしまったらしい。その刺激で男も達したようだった。
「いーくー! また先にいって。郁に絞められるとホント一瞬で出ちゃうんだから」
郁の中から自身の中心を抜き、男が拗ねた顔をする。
「ごめん、竹くん。でも、ありがと」
「……可愛いから許すけど」
郁の体の上から退き、竹と呼ばれる男がベッドを降りる。
竹は郁にとって恋人ではない。たまに都合があえば会うセフレで、お互いに本名も知らない、気持ちよさだけで繋がっている間柄だ。郁にとっては、今のところ唯一『胸を触っていかせてくれる』相手になる。
郁には『胸を触らないとイケない』という特殊な性癖がある。自分で言うのもなんだが、割と可愛いと形容される顔を持ち、体のラインも悪くないし、ネコとして優秀だと思う。けれどこの性癖のせいでなかなかもう一度セックスをしてくれる人はいないのだ。自分も絶頂を迎えそうという時に相手の胸を触るというのはなかなか面倒なことらしい。更に厄介なのが、自分で触っても全然感じないところだ。だから一人で慰めることも出来ない。
「あ、そうだ。俺、郁に言う事あるんだ」
さっさと着替えた竹がまだベッドに転がっている郁の傍に座りスマホを開く。
「何?」
「これ。好きだって言ってた子と付き合えることになって。やっぱり操立てたいから、郁とは今日で最後な」
「え……そ、う、なんだ……えー、良かったじゃん! うわ、もうイチャイチャ写真撮ってんの? やらしい」
スマホの画面にはベッドに寝転がり、上から自撮りした二人の写真が映っている。別れた時に恥ずかしい写真だ、なんて思ったがそれは口にせず、郁は竹の腕をつついた。
「いや、お付き合い開始記念、みたいな?」
えへへ、と笑う竹に、郁が微笑む。
「おめでと、竹」
「うん。郁も恋人つくるといいよ」
「なんだよ、さっそく上から目線?」
違うってば、と笑う竹のシャツの背中を郁が思い切り引く。バランスを崩した竹にすかさずキスをしてから、郁は口を開いた。
「餞別」
郁はそのまま起き上がり、じゃあね、とベッドを降りてバスルームへと入った。それからシャワーを頭から浴びる。
「……マジか……」
確かに竹には本命がいることを知っていた。ずっと片思いだと言っていたし、実る恋ではないと竹自身も言っていたから、こんな報告を受けるなんて思っていなかった。
お互いに性欲処理の相手――それでも、郁にとって竹は貴重な他人の手だったのだ。手放すと思えばかなり残念だ。
「今度からしたくなったらどうしよう……」
郁は大きくため息を吐いた。
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