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爽平が郁に箸を差し出す。郁はそれを素直に受け取り、皿に載ったコロッケを箸で割って欠片を摘まむ。それから再びビールを飲んだ。
飲んでいないと間がもたない気がして、一缶なんかすぐに空になってしまった。
「宮東さん早くないですか? 大丈夫なら次持ってきますけど」
爽平が腰を上げたので、郁はその腕を引いてそれを止めた。それからその顔を見上げる。
「要らない。それより、話って……僕が働いてるあの場所のことだろう?」
郁は我慢しきれずにこちらから聞いた。見上げたその目が泳ぎ、やがて覚悟を決めたようにこちらを真っすぐに見つめる。
「その、対策について、です」
「対策?」
怪訝に聞き返すと爽平が立ち上がり、郁の前に正座をする。驚いて見下ろした郁に爽平が、お願いです、と口を開いた。
「宮東さんの相手をさせてください」
「相手って……」
「あの時宮東さん、胸を触られたくて居るって言ってましたよね。だから俺に相手させてください」
そのまま頭を下げられ、郁が慌てて立ち上がる。
「ちょっ、高瀬くん! 何言って……」
郁は椅子から降り爽平の前に座り込んだ。顔を上げた爽平がじっと郁を見つめる。
「この間も言いましたけど……宮東さんが好きです。好きだから、他の男になんて触れさせたくない」
爽平が郁の手に自らのそれを重ねる。その手のひらが熱かった。郁はそれを見てからゆっくりと息を吸い、違うよ、と口を開いた。
「多分、高瀬くんのその気持ちは違うと思う。僕を好きなんて……先輩として憧れてもらえるのは嬉しいけど、高瀬くんの相手は僕じゃない」
まっすぐに爽平を見つめて告げると、その顔が情けなく歪む。それから思い切り首を振った。
「……三年、ずっと宮東さんを見てきました。この気持ちが間違いなんて思えないです」
ぎゅっと痛いくらいの強さで手を握られ、郁が眉を下げる。
爽平をこのまま受け入れるわけにはいかない。もちろん、爽平が悪いわけではない。郁が怖いだけだ。
「たった三年だろ? その前は、普通に女の子が好きだったんだろう?」
「そう、ですけど……でも、だからって、間違いではないです」
「でも、僕は高瀬くんとは付き合わないよ」
あくまでも冷静に郁が爽平に言うと、爽平は傷ついたような顔をする。遠回しにふった言葉はやはりダメージになったのだろう。
「すぐにそうなれるとは思ってません……俺も宮東さんは女性が好きな人だと思ってたし……でも、そうじゃないなら諦めたくない。だから、今は宮東さんの欲望を満たす存在にさせてください」
もう一度頭を下げた爽平を見て、郁は、何それ、と呟いた。いつも笑顔で自信たっぷりで仕事をこなしている爽平からは考えられない言葉と態度に郁の方が動揺してしまう。
「そんなの、僕が得するだけじゃないか……」
「いいんです。都合のいい存在になりたいです」
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