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 平日に来るなんて珍しいわね、と言いながらも隣でグラスを持ち上げてくれたのは梅沢だった。  その日の夜一度帰宅してから、週末になると必ず立ち寄るいつものバーに来た郁は、その言葉に頷きながらカウンター席に着いた。 「ちょっと色々ありすぎてMPがゼロに……」 「色々? ……てか、郁ちゃん新婚オーラ出てない?」 「は? 結婚なんて一生する予定ない僕からそんなオーラ出ないでしょ」  梅沢の言葉に郁が眇めた目を向ける。すると梅沢は、そうなんだけどそうじゃなくて、ともどかしそうに唸る。郁はそれを見ながら首を傾げた。 「愛されてるオーラってやつじゃないですか?」  そんな声と共に郁の前にグラスが置かれる。カウンターの中に居るバーテンの一人が郁に笑いかけた。 「そう! それ! 旦那に愛されすぎてちょっと気だるいっていうか、昨夜は激しかったんですねオーラが出てるのよ」 「何それ……てか、オーラに名前付けすぎじゃない?」  郁が思い切り笑うと、でも、と梅沢が後ろを振り返る。それにつられ郁も振り返ると数人と目が合い、けれどすぐに視線を逸らされた。 「出てるのよ」  めっちゃ狙われてるじゃない、と梅沢がこちらに肩を寄せる。 「と言っても心当たりが……」  郁は首を傾げそこまで言ってから、あ、と声にした。抱かれたわけではないけれど、体に触れられたのは確かだ。  しかも久々に気持ちよく達して、不本意ながら満たされてしまった。 「あった、かも……でも、別に愛されたとか、そんなじゃなくて」 「ワンナイトでも、満たされれば変わるのかもね」 「……まあ、久しぶりだったのは否定しない」 「色々ってそのこと?」  梅沢が楽しそうにこちらに身を乗り出す。これは酒のつまみにされるんだろうなと思いつつ、爽平の話と、昼間妙なモテ期が来たことを話した。こちらはとにかく困っていることを話したはずだったのに、梅沢は段々と興味のない顔になり、郁が、聞いてる? と聞いた時には、聞きたくない、と言われて郁が不機嫌に、何それ、と返した。 「ちゃんと聞いてくれてもいいだろ。困ってるのに」 「いや、モテ自慢かと思って」 「どう聞いてもちがうよね?」 「じゃあ、解決策を言うけど、郁ちゃんは後輩くんと真剣にお付き合いしなさい。そうすれば、昔のセフレもうっかり釣れちゃった取引先の社員も『彼氏がいるので』で断れるでしょ? ハイ解決、お幸せに」  梅沢が一息で言い切ると、そのまま自分のグラスを傾けて空にした。 「高瀬くんはノンケだから……もうノンケとは付き合わないって決めてるんだよ」 「そう、それ。前から気になってたんだけど、何をそんなに拘ってるの? うちのダーリンも元ノンケだけど、別れる要素なんか微塵もないわよ」  毎日ラブラブなんだから、と梅沢が微笑む。郁はそれに不機嫌な顔を向けた。 「それはさ、やっぱり奇跡なんだよ。僕ね、ノンケの彼に捨てられてるんだ」  高校生の時、初めて付き合った人だった。郁がやっていたスマホのゲームを見て、俺もそれやってる、と話しかけられたことをきっかけに友達になり、二人で会うようになり、彼の家に泊まりに行った日にキスをされて関係が変わった。初めてのことだったけれど郁は彼が好きだったから、全て受け入れた。郁の胸を開発して、こんな性癖を作り上げたのもこの人だ。そんな彼は、高校三年の冬、『郁とは卒業までの付き合いにする。本当の恋は大学でするよ』と言って郁を捨てた。 「でも、それで怯えてちゃ恋はできないよ?」 「……だからしないんだよ。その後、大学でもノンケと付き合って、女に取られてるし……僕は多分、一生誰とも真面目に交際は出来ないんだよ」  そういう運命なの、と郁がグラスを呷る。一気に中を空にしてから、郁は椅子から立ち上がった。
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