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 今週の衣装はこれだよ、と店の控室で手渡された衣装を受け取り、郁がため息を吐く。 「絶対オーナー、僕で遊んでるだろ」  今週の衣装は羊がモチーフらしい。うさぎの時とあまり変わらないが、頭に付けるのは渦を巻いた角と小さな耳がついたカチューシャだ。 「でも、その衣装、お客さんからは好評よ」 「マスコットキャラ的な感じですよね……」  控え室で休憩をとっていた皇紀の言葉に、分ってます、とため息を吐くと、というより、と皇紀が首を傾げる。 「本命彼氏、みたいな感じ? 店の外で出会えてたらなっていうお客さん多いよ」  店内のルールで、キャストとの恋愛は禁止になっている。同伴やアフター、店外デートは許されているがあくまで客とキャストの関係だ。だから、あの店で出会ってしまった以上、お付き合いは許されない。 「何それー。そんなの、入店する前は誰からも聞いたことなかったです」  どこで声を掛けられても『セフレにしたい』とか『一晩だけ』としか言われない。  爽平に言われた言葉は、郁にとって本当に久しぶりの言葉だった。だからこそ信じるのが怖い。 「ここに通ってる人でも、お喋りするのが目的で来てる人もいるし……あ、そうそう。今日、ミヤちゃん指名してくれたお客さん来るみたいよ」  また連れてくって連絡来たの、と言われ、郁が記憶を辿る。啓吾のことだとすぐに分かった。あれから郁を指名する人はいなかったからだ。 「ホントですか? じゃあ指名してもらえるかな?」  郁の言葉に、だといいね、と皇紀が微笑む。すると、控室のドアがノックされ、スタッフが皇紀を呼んだ。 「短い休憩で申し訳ないけど、戻れますか?」  皇紀は郁とは違い、オープンからクローズまでの勤務なので休憩を挟む必要がある。それが指名が入っていない時間なのだが、この店のナンバーワンである彼に指名が入らない日はない。こんなことも日常だった。 「大丈夫、戻ります」  皇紀が席を立つ。するとスタッフが、それと、と郁に視線を向けた。 「ミヤちゃんも着替えたらすぐ出てください。指名入ってます」 「……え?」  聞き返す郁に皇紀が微笑み、例のお客様でしょ、と郁の頭を撫でてから控室を出ていった。 「今日は羊か。似合ってるよ」  着替えて席に行くと、やはりそこで待っていたのは啓吾だった。皇紀の常連客と一緒に来たようだが、席は別らしい。 「ありがとうございます。今日初めて着たので心配だったんですけど、啓吾さんがそう言ってくれるなら安心です」  郁は笑顔で答え、啓吾の隣に座る。それからふと啓吾を見上げ、その変化に気付く。 「啓吾さん、今日髪型違うんですね」 「うん。ミヤが下ろした方が好きみたいだから、君の好みに合わせて来たよ」  確かに前回そんなことを言った気がする。啓吾はそれを覚えていてくれたらしい。客とキャストの他愛ない会話でも覚えていてもらえるのは嬉しい。 「はい。こっちの方が好きです。嬉しいな、好みに合わせてくれるなんて」  郁が啓吾の髪に触れる。啓吾はしばらくそれを許してから、そっと郁の手を掴んだ。 「ミヤの手はキレイだね。指も細くて……繋いでもいい?」 「あ、はい」  啓吾が郁の指に自分のそれを絡めて繋ぐ。大きな男の手だ。  爽平の手とは違うな、なんてふと思ってから、今は仕事中だとその考えを頭の中から消す。 「ミヤと居ると癒されるよ」 「そうですか? 今日もお仕事大変だったんですか?」  啓吾に繋がれた手を見つめながら郁が聞くと、啓吾は、まあね、と郁の肩に頭を乗せた。そういえば笹井から会社を経営していると聞いた。会社の代表ともなれば、色々な心労もあるのだろう。郁は手を伸ばし、啓吾の頭を撫でた。 「ミヤ、膝枕、とかはしてもらえないかな?」 「膝枕、ですか……」  そんなサービスは聞いたことなかったが、笹井は郁が嫌でなければNGはないと言っていた。郁はそれを思いだし、いいですよ、と答える。 「男の脚で良ければ、ですが」 「ミヤの脚はすべすべでキレイだよ」  啓吾がするりと体を倒して、郁の太腿に頭を乗せる。こちらを見上げた啓吾が郁の顔を見つめて微笑んだ。 「下から見ても可愛い」 「……鼻の穴とか見ないでくださいね」 「ははっ、でも、それすらも可愛いよ」  可愛い、と連呼されるとやっぱり少し恥ずかしい。郁は啓吾から視線を外し通路に向けた。そこを皇紀が客と腕を組んで通っていく。 「お、草間、そんなことして貰ってるの? お前、雄っぱい興味ないからな」  皇紀の隣を歩いていたスーツの男性客がこちらの席を見下ろし笑う。それに気づいた啓吾が、見上げるように通路に視線を向ける。 「うるさいな……ミヤの魅力は雄っぱいだけじゃないんだよ」  お前には絶対接客させないから、と啓吾が郁の腰に抱きつく。郁はそんな啓吾を見てから、困った様に笑って皇紀を見上げた。 「ミヤちゃんが嫌じゃないなら、たっぷりしてあげなさい」  皇紀は微笑むと、でかけましょう、と客に声を掛けた。二人が傍を離れていく。
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