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「……いいな、店外デート。私ともしてくれないか、ミヤ」
郁の腰を離し、啓吾がこちらを見上げる。郁はその言葉に驚いた。
「僕と、ですか?」
「うん。嫌かい?」
「嫌ではないんですけど……正直、料金設定がかなりお高めです、よ?」
本番はしない、というルールだが、店外に出てしまっては、店の目は届かない。だからこそ、何が起きてもキャストの不利にならないように、料金は高めになっている。もし、キャストを抱くことが目的で連れ出すのなら、そういう目的の店に行った方が安いくらいだ。
「構わないよ。君になら、いくらでも貢げる」
「またそんな……本気にしちゃいますよ?」
ふふ、と笑って啓吾を見下ろすと、その目がまっすぐにこちらを見つめた。
「いいよ。本気にして」
低い、熱のこもった声が届く。郁の心臓がどきりと高く鳴った。啓吾は客、郁はキャスト、もてなすのはこちらなのに、こんなに翻弄されてどうするのだと、郁は一瞬ぎゅっと目を閉じてから、啓吾に微笑んだ。
「デート、いつがいいですか?」
「んー、そうだな……土曜の昼から、なんてどう?」
「昼から……夜まで、ですか?」
それは時間にしたら随分長いから、大分高い買い物になるだろう。少し不安になって聞き返すと、啓吾が首を振った。
「日曜の昼まで、二十四時間だよ」
「…………え?」
あまりにも長い時間に、郁は驚いてすぐに反応できなかった。この店の店外デートは大抵、二時間から三時間程度だ。それでも数万円の支払いになる。それが丸一日となると――計算したくない。
「ホントに、二十四時間、ですか?」
「うん。君を独り占めしたい」
「……オーナーに確認してみますね」
郁はそう告げると、通路にいたスタッフを呼び、今啓吾に言われたことを話した。当然そのスタッフも驚いて、オーナーに確認します、とその場を後にする。
「そんなにおおごとな話?」
啓吾が郁の膝から起き上がりテーブルに置いていたビールに手を伸ばす。
「……ですよ。そのお金出すなら、この街の一番人気の子を一晩買えるはずです」
「へえ……まあ、金額にも人気の子にも興味はないんだけどね」
ビールを飲み干して啓吾が笑う。その言葉に次元の違いを感じ呆けてしまった郁に啓吾が手を伸ばした。頬に触れられ、郁が顔を上げる。
「ここが吉原なら、君を身請けするのに」
「……へ?」
啓吾の言葉に驚いて妙な声を出してしまった郁の後ろから、失礼します、とスタッフが近づく。郁がそちらに視線を合わせた。
「料金がこのくらいになりますが……それでよければ、あとはキャストと相談して、前金で振り込みしてください」
スタッフが小さな紙を啓吾に手渡す。啓吾はそれを見てから、いいよ、と頷いた。
「今カードで払える?」
啓吾は言いながらスーツの内ポケットから財布を取り出した。その中からカードを取り出す。金属製の黒いカードをこの時郁は初めて見た。スタッフがそれを受け取り、お待ちください、と去っていく。
「え、本気ですか?」
「もちろん。次の土曜はどうかな? ミヤ」
「予定はないですが……ホントにホントにいいんですか? 今ならまだ走っていけば止められます」
郁が立ち上がると、啓吾は大きく笑いながら郁の手を掴んで引いた。その勢いに郁がソファに座り直す。
「走らなくていいし、止めなくてもいいよ。ミヤ、次の週末の夜は、私にくれる?」
「……はい。後で待ち合わせの時間と場所をご相談しましょう」
郁の言葉に啓吾が頷く。
「うん。週末が待ちきれないな。君の為に嫌な仕事も頑張るよ」
啓吾はそっと郁の手を取り、その指を絡めた。強く握られたその手に少しの不安を感じながらも、郁は営業用の笑顔で頷いた。
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